やく束は守もります
「もうひとつは?」
梨田はテレビの横から、白い紙袋を取ってきた。
唐揚げと空っぽのお味噌汁カップを脇に寄せ、取り出した小さな箱をテーブルの真ん中に置く。
予想に違わず、その中身は、小さなダイヤモンドのついた指輪だった。
固まる香月の左手薬指に、躊躇いなく通す。
「あ、少し大きかったな。この後直しに行こう」
指輪には隙間があって、石の重みでクリンと回ってしまう。
「・・・なんで?」
「距離があるんだから、確かな約束がないと不安でしょう?あのくらいで諦めるつもりなんてなかったし」
「だけど、こんなの、悪いよ」
「そう言うと思ったから勝手に用意した」
「長考しなくていいの?」
「必要ない。これが俺の最善手」
言葉の内容は力強いのに、梨田の表情は冴えない。
「俺には、全然不安がないって思ってた?」
今にも泣くのではないかと、香月は目が離せなくなった。
もちろん梨田は泣かなかったけれど、その不安は十分に伝わった。
「香月の指でダイヤが光ってたの、あれ結構ショックだった。それに香月が好きなのは、結局〈棋士〉みたいだしね」
「そんなことないよ」
「自分でそう言ったよ」
簡単な言葉では伝わらないとわかって、香月は必死で言葉を探す。
梨田への想いを語ることは、自分の恥を認めることにも繋がって、単純な甘やかさだけではなかった。
「私、史彦君が羨ましかった。私は色んなことを理由にして結局逃げたのに、あなたは迷いなく突き進んで、叶わない危険性の高い賭に、本気で手を伸ばした」
プロになれたほどの腕前なのだから、当然一般人より優秀ではあるけれど、それでも梨田は〈天才〉ではない。
たくさんの天才を目の当たりにし、追い抜かれながらの奨励会だっただろう。
同じ努力をしていては勝てない相手ばかりの中で、どれほどの努力を重ねたのだろう。
いつだって折れそうな心を、どんな強靱な精神で保ってきたのだろう。
「棋士になれたから好きなんじゃない。その生き方が、心から羨ましくて、好きなの。ちょっと苦しいけど」