やく束は守もります
落ちたプラタナスの葉を踏みしめながら、梨田と香月は並んで歩く。
「この街とも、縁が切れなくなったな」
転校して以来一度も訪れなかった田舎町を、梨田はこの一年で十数回訪れていた。
「また将と将棋指してあげて」
「それはいくらでも」
竜也のこわばった雰囲気におびえていた将も、梨田との対局で大興奮していた。
「王手したくなる気持ちはわかるけど、そのままだと取られて終わりでしょ?まず取られないような手を指してから、王手してみて」
「こう?」
「いい手だけど、一直線だと逃げられちゃうよ?まずは逃げ道をふさいで━━━━━」
やさしい言い方だけど、内容は容赦ない。
苦しそうにうめきながら考える将を見ていて、香月は将が投げ出すのではないかと気を揉んだ。
「そうそう、いい手だよ。それで俺はこっちに逃げるから」
「王手!」
「負けました。よくできたね!」
具体的な手ではなく考え方を教えつつ、詰みまで誘導する。
指導に慣れた梨田との対局は、難しいけれど達成感があったようで、将にとってこの上なく楽しいものだったようだ。
なかなか梨田から離れない将を見て、
「あははは!妹だけじゃなくて、息子まで取られてるー!意地悪言うからだよ、ザマーミロ!」
と、薫は竜也をからかっていた。
おかげで固かった雰囲気もすっかりなごみ、帰りは予定よりだいぶ遅くなった。
棋士はもちろん対局をすることが仕事だ。
勝つことと、いい内容の将棋を指すことが求められる。
しかし、棋士の中には対局よりも指導に優れた人がいることも確か。
自身の成績は振るわなくても、たくさんの優秀な弟子を育てた棋士もいる。
プロ、アマチュア問わず愛読される棋書を残した棋士もいる。
どちらも将棋を愛し、広め、棋界に大きな貢献をしたことに違いはない。
香月に会う口実として〈指導〉があると言っていた梨田は、事実池西将棋道場には行っていたらしい。
一般の利用者として通い、池西や常連さん、小学生を相手に「対局」していたそうだ。
「いい休憩場所に使ってるだけだよ。お菓子もらえるしね」
甘いものが苦手なくせに、梨田はまたお菓子をもらいに行くのだろう。
この人は華々しい活躍はできないかもしれないが、別の形で愛される棋士になるに違いない。
香月はそう感じた。
それもまた、棋士でなければできないことだ。