お見合い相手は無礼で性悪?
不意に合わせられた視線に胸がギュッと苦しくなって
慌てて今度はこちらが逸らす
初めての息苦しさに居た堪れなくて
いつもは自宅まで送ってもらうのに
『さよなら』と逃げ出した
ミュールの音だけが響く歩道
あいつの靴音と重ならないことで
追いかけてこないことを知った
大きな脱力感と相反する冷めない高揚感で
足元がふらつく
車のヘッドライトが揺れることに
泣いていることを自覚した
・・・悲しく、ない
そう確信しているはず
1ミリだってあいつのことを気にかけた事などないし
この縁談を断れば明日から嫌な思いをせずに済む
こんなに酷い扱いを受けたこともなかったけれど
良い勉強になったと・・・
あいつなんて、蚊に刺されたと思えばいい
スッキリ忘れる!
頭の中で整理しようとすればするほど
『お仕舞い』と告げた後の悲しげなあいつの目が目の前にチラつく
そこから・・・少し痛む胸が
確信しているはずの気持ちを揺らす
・・・タクシー
車道寄りに歩いていると
街路樹の植え込みの段差に踵が挟まった
『・・・っ』
高いヒールの所為で身体の重心が崩れ
いとも簡単に倒れそうになった
・・・っ、転んじゃう
踏ん張りの効かない身体を立て直すことは諦めて
迫り来る衝撃に備えようとした私は
強い力に腕を引かれ、転倒を免れた
『あ、ありがとうございま、っ!」
もつれた足を立て直しながら見上げたその手の持ち主は
さっき背を向けたはずの彼だった
・・・っ、いつの間に
掴まれたままの腕を離そうとする私に
『ありがとうじゃないぞ!いつも誰かにサポートしてもらわないと歩けないような踵の高い靴ばかり履いて来やがって
こっちはいつもヒヤヒヤして車道側を歩いたり、側溝がなるべくない道を選んだり
24歳にもなって、一人でまともに歩けないようなお嬢様は家に閉じこもってろよ』
溜め息混じりの呆れた声が降ってきた
・・・なに
聞こえた言葉が頭の中に木霊する
言い訳もできない唇は震えるだけで開くことは出来なかった
俯いたままの私の腕を引いた不機嫌な彼は
車道に出るとタクシーを止めた
開いたドアの中へ強引に押し込まれる
『行き先はこの子に聞いて』
運転手さんへ声を掛けると
彼はさよならも言わずに雑踏の中へと消えた