お見合い相手は無礼で性悪?
トレーナーの姿が見えなくなってから
彼を完全無視でタクシー乗り場へと移動する
『待てよ、送るから』
そんな声を背中で聞いたけれど
余りに勝手な振る舞いに
苛立ちしか感じられない
それでも、こんな場所で喧嘩をするわけにはいかないと平静を装いながら逃げるように歩いた
本当は聞きたいことも
言いたいこともあるけれど
この不安定な気持ちは
彼との繋がりがなくなれば
全て解決すると
気持ちを抑えることにした
それなのに
私の乗り込んだタクシーに
強引に乗り込んできた彼は
私を無視して行き先に新居の住所を告げた
・・・
三本あるマンションの鍵は
二本は私、残りの一本は父が持っている
必要だと言われたら渡すつもりで
揃いのキーホルダーをつけたそれに虚しさが込み上げる
燻る胸の内は
いつしか苛立ちに消えた
三回鍵を使い部屋に入ると
『すごいな、もういつでも暮らせるじゃないか』
彼は嬉しそうに顔を綻ばせた
忙しなく全ての部屋を見て回り
子供みたいにはしゃぐ姿は見ていて気分が悪い
『センス良いな、これなら快適に暮らせるよ』
向けられた笑顔に息を飲んだ
彼と二人になってから
ひと言も発していない私を見ながら
ソファに腰を下ろした彼は
クッションを抱えながら
『二回も婚約破棄って、どういうつもり?』
漸く直球を投げてきた
避けては通れない話しに覚悟を決める
『あなたとは結婚できません』
口にしただけで震え始める手をギュッと握りしめる
『なんで?』
『いくら政略結婚でも、私に興味がない人と
一生を共にするなんて出来ない』
十分過ぎる理由だと思った私に
『へぇ~お嬢様はやっぱ失礼なんだな』
彼は首を傾け呆れたように呟いた
その強い視線から逃れるように
『私、帰ります。もうお話することも
お会いすることもありませんから』
冷たくなったクロワッサンの紙袋を下げ
ハンドバッグを持った
そんな私の行く手を阻むように
彼はソファの背もたれを飛び越えると立ち塞がった
『邪魔です』
こんな場合どうして良いのかも分からず
泣き出しそうな気分を抑えるのが必死で
ハンドバッグを胸に抱えた
『ちょっと座って』
腕を引かれて促されるままソファに腰を下ろす
L型のコーナー部分に膝を突き合わせると
『言ってみて?言いたいことあるんだろ?言ってみて』
彼はそう言って顔を覗き込んできた
その声に顔を上げると
彼の方が泣き出しそうな顔をしていた