影と闇
相手は人間ではないと、自分の声や言葉が伝わらないとわかっていても、つい口に出てしまうのはなぜだろう。


でも、今はそんなことを考えるひまはないから急がないと。


視線をスマホの画面に戻し、再び手で操作を行う。


しかし、スマホ操作を再開してからわずか十数秒後、うしろから誰かの声が大きく響いてきた。


「あれ、君は……」


はっと目を見開く。


私がその行動に移したのは声がしたからではなく、その声に聞き覚えがあるからだ。


高すぎるというわけでも低すぎるわけでもない、遠くまで行き届くような透き通ったさわやかな声。


声がした方向をおそるおそる見てみると、そこには私よりも背が高い男性がいた。


あれ?


なんか聞き覚えのある声だなと思ったけど、この人の声だったっけ?


それにこの声、どこで聞いたんだっけ?


眉間にシワを寄せて首をかしげる。


目をパチパチとしばたたかせてると、その男性は私に駆け寄ってきた。


あまりに突然の出来事に頭が追いついていかない。


呆然とする私に、その男性が私の傘の中に入ってきた。


「ごめんね、突然君の傘に入っちゃって。戸惑ってるよね。でも俺、今日傘持ってきてないんだ。この傘で雨やどりさせて」


片目をつぶってウインクを見せる男性。


この傘で雨やどりさせてって言われても困るんですけど。
< 111 / 376 >

この作品をシェア

pagetop