影と闇
どうしたんだろう。


笑顔以外は表情を見せることはないと言われているらしい沖田くんが慌てる姿を見たことがない。


私は今日はじめて顔を合わせて話したけどね。


顔見知りになったばかりの私がそんなことを心の中で語っていいのかと悩んでしまう。


心の中でぶつぶつつぶやく私を尻目に、手を引いて走りだす沖田くん。


猛スピードというわけではないが、小走りでは追いつめることができなさそうな速さ。


左手には折りたたみ傘、右手は沖田くんに握られている。


こんな経験は一度もないはずなのに、嫌悪感はまったくない。


私たちの様子をファンの女子が見たら、確実に私がいじめられるだろうけど、それでもいいとさえ思ってしまった。


はじめての経験なのに、どうしてこんな気持ちになるの?


なんでいじめられてもいいと思ったの?


不思議と心が安堵に包まれる。


傘も持つ手がグラグラとゆれて、顔や服に雨粒がついてしまう。


だけどそんなことなどおかまいなしに走り続ける私たち。


自分の髪と顔と服が雨で濡れても気にしていない沖田くんは、私のほうを見もせずにそのまま手を引っ張る。
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