影と闇
なにも言わない私も驚いている。


驚きを隠せない私たちを尻目に、沖田くんは私の手を取って歩きだした。


「先生、本当に片桐さんが体調悪そうなので、部屋まで連れていきますね」


礼儀よく先生に頭をさげ、ここにいる全員が騒ぐのもおかまいなしにスタスタと歩いていく。


瞬間、女子たちの悲鳴が耳に響いたが、女子たちの反応に対応なんてできない。


遠慮なく私の手を握って、周囲の目を気にすることなく出ていく沖田くんを、なんとか止めなければ。


通路をしばらく歩き、エレベーターが視界から現れたところで手を離した。


それと同時に沖田くんがきょとんとした顔でこちらを見た。


なにか言わないと。


「沖田くん、私、体調悪くないよ。熱もないしだるくないし。それに体が冷えたっていうのは……」


そこまで言ったところで目を泳がせた。


『それに体が冷えたっていうのは嘘で、本当は末那が私に見せた笑顔が怖いのを隠して言ったの』


やだ、なにを言おうとしてるの、私。


そんなことを沖田くんに伝えたいんじゃない。


本当は……。


「え、えっと……その……」


ダメだ、言えない。


どうして本当のことを沖田くんに言えないの。
< 136 / 376 >

この作品をシェア

pagetop