神々の聖戦
気が付けば私は町の小川のそばで倒れていた。
指先近くで褪せて枯れる花…なんだか嫌な感じがする。
私は取り敢えずゼンドさんの元へ行こうと駆け出した。
「おぉ、ミラちゃんは今日も元気だな!」
トウモロコシ畑で最後の収穫をしているトムさんはいつもと変わらない。
『トムさんごめんなさい!また後で!!』
「また息子と遊んでやってくれよー!」
変わらない風景のはずなのに…
なに?このモヤモヤした気持ちは。
聖堂近くまで来て石に躓き地面を転がった。
『…これは』
石じゃない
聖堂の壁だ。
いつもなら怒られるが今日はそんなことを言っていられない。
扉を蹴り飛ばして中に入った。
『ゼンドさん!!!』
「ミラ…扉を蹴るなと昔から言っているだろう。」
よかった…嫌な予感は外れていたみたいだ。
ゼンドさんの白髪混じりの髪が揺れた。
振り返ったゼンドさんの顔はとても穏やかなようで険しい。
不注意だった。
必死で走ってきてしまったから気付けなかったんだ。
「逃げなさい…」
ードサッ
『っ!!!』
血生臭い…鉄の匂いがする。
ゼンドさんが殺られた?
老いているがあんなに強い人が簡単に死ぬはずがない。
信じられない現実に私は後ろへではなく前に足を踏み出した。
どんどんと通路を歩いて止まる。
『ぁ…ああ』
床に崩れる足…目の前にいるのは、
胸をひとつきにされたゼンドさん。
私の勘は外れていなかった。
『ねぇ…ゼンドさん、私はまだなんの神様の器なのか教えてもらってないわ。
スープの作り方も、剣術だって…
私の花嫁姿が見たかったんじゃないの?』
まだ…恩返しだってしていないわ。
「ミラ…お前は私にたくさんの幸せをくれたよ……苗字をまだ付けてあげていなかったね。
よければ、ゼンドと名乗って欲しい。」
初めて見るゼンドさんの涙に目が熱くなった。
「これを…」
血のついた一枚の紙を震える手で受け取る。
「ここに行きなさい…必ず力になってくれる。」
『いやよ!置いていかないで…』
「お前をそんなふうに育てた覚えはない、
強く生きなさい。」
ぎゅっと手を握られるとゼンドさんは私を最後の力で外に弾き出した。
もうここにはいられない。
涙で歪む視界
生きなければならないとなぜか足だけが動く。
「おぃどうしたんだ!?」
トムさんは畑からの帰りなのか奥さんと私を心配そうに見つめた。
『っ…』
「ミラおねーちゃん!」
前に立っている息子さんの隣を走り抜け森に入った。
振り返ってはいけない。
そう思った時だった
頭が割れそうなほどの痛みと心臓部が焼かれているような痛みが襲ったのは。
思わず地を転がって胸を抑える。
ードクン
頭の中に大量の情報が流れ込む。
自分が誰で何の為に生まれてきたのか。
『私は…』
動悸が収まった時には辺りは暗くなっていて真っ赤な月が私を見下ろしていた。
『時の女神の…“器”』
「漸くお目覚めですか?」
幼さが残る低い男の声
起き上がって思わず立ち退いた。
『誰』
「クスッ…そんなに驚かれちゃ傷ついちゃうじゃん…ミラ・ゼンド、否、ミラ・×××。」
『なぜその名を!?』
ゼンドは私がさっきもらった名だ。
それなのに知っているということは…
『お前か、ゼンドさんを殺したのは。』
あの現場にいたのか?
「くくくくっははは!!!」
大きな笑い声に振り返る。
整った顔に私と同じ黒髪、瞳の色は光がなく銀色。
どこか見覚えのある顔に違和感を覚えた。
少年は木の上から飛び降りて私の顎を掴む。
それがあまりにも一瞬の出来事で反応ができない。
「そうだよ…あの時の君の顔は傑作だったな」
寒気がした
この少年は何を言っているの?
私と同い年くらいなのに…
否、もう少し年下か?
「ゼンドは確かに強かったね。久しぶりに興奮した。けどね、面白いことに“山にミラがいるね”っていったらあっさりやられてくれたよ。」
あの時の視線は…奴のものだった?
山の中で遠いところから見られていた?
そう思うと急に怖くなって足が震える。
今、“憎き敵”はその気になればいつでも私を殺せるんだ。
「ゼンドは、君の記憶を“封印”していたみたいだね。」
『封印…?』
「生まれながらにして大きな“使命”を背負っていた。赤ん坊の頃から人の言葉を理解していたんだ…末恐ろしいよね、ミラは。
その力のせいで、一族は滅んだんだ。」
そうだ
私は生まれた時から記憶があった。
そして多大なる力を秘めていた。
その力を求めたZENOに、孤立していた私の一族は滅ぼされてしまったんだ。
両親も、弟も…その時失った。
「あれねー…僕がやったんだよ。」
言葉が出なかった。
ただ頭だけは妙に冷静で、ゆっくりと奴を見た。
『なんて、言った?』
「僕がやった」
思いっきり奴の頬を叩いた。
それは避けられもしなくて命中する。
『あんたのせいで…』
「ゼンドは、君が幸せでいられるように記憶を封印した。そしてその封印を解く鍵は“自身の死”だった。」
ゼンドさんが、自分の死に賭けた?
『なんでっ』
「それが最も強力な封印だったからだよ。君のことを本当に大事に思っていたみたいだね。
まぁそれが仇となって封印を解こうとした僕に殺されたんだけど。」
本当に馬鹿みたいだ。
私なんかのために命をかけるなんて…。
ゼンドさんの死を嘆く資格なんて私にはなかったんだ。
『封印を解いた理由はなに。』
「んー…それは絶対に言わない約束なんだよね。」
首謀者がいるってことか…
『ガッ』
いきなり首を押さえ地面に叩き込まれる。
思わず顔を顰めた。
「いいねその顔!!」
『やっ…』
苦しい
苦しい
力にはそこそこの自信があったのにビクともしない。
代わりに首を絞める力は強まった。
「ミラ…僕の顔をよく見てなよ、将来君に出会った時、どんな反応をするのか楽しみだな。」
まるでおもちゃを見つけたように冷酷な笑顔を浮かべて見下ろしている。
その顔はいつまで経っても忘れられない。