天音's短編小説集
『向日葵』
「カーネーション、1本ください」
母の日当日、突然その人は訪れた。
背の高いきっちりしたスーツを身にまとい居心地の悪そうにソワソワしながら。
花屋という場所がそうさせるのだろうか。
「母の日のプレゼントですか?」
「は、はい。無難過ぎるかと思ったんですけど」
「とても喜ばれると思いますよ」
ぎこちない彼、私より少し年上に見えるけれど、どこか可愛らしい人だった。
「ありがとう」
彼はぎこちなく笑って帰っていった。
ひと月後、彼はまたやってきた。
私のアルバイトのある土曜日の午後。
なんとなく彼の事は覚えていた私は、彼の登場にどこか心踊る気持ちになる。
「カーネーションを1本ください」
彼はあの時と同じようにそう言った。
「先月、母にとても喜んでもらえて…」
「そうですか、それはよかったです」
「今度は父に…。父の日にカーネーションっておかしいですかね」
恥ずかしそうにそう言った彼の顔は、赤いカーネーションみたいに真っ赤だった。
私は笑って「とても素敵だと思います」と言った。