ありきたりな恋に、幸せを。
香子と別れて、私は急ぎ足で家に帰った。

「 ただいま! 」

その勢いで階段を上ると、制服を脱いで素早くメイクをする。
今日は、私が唯一、何もかも忘れて楽しめる場所に行く。

「 美波ー!手洗いなさいよ! 」

お母さんのそんな言葉が聞こえるけど、それを無視して支度を済ませた。

「 いってきまーす! 」

「 あ、ちょっ、何時に家に帰って来るの! 」

「 8時! 」

私はワクワクしながら、自転車を走らせた。
今一番、好きな人に会うために。

自転車で20分くらいの駅前に、彼はいる。
今日も、あの歌だ。

「 会いたいと零した言葉 溶けてゆく… 」

一生を誓った二人の、失恋ソング。
一年前、振られた直後に聴いて、魅了されてしまった声。

毎週金曜日、ここでこの声を聞くのが私の日課だ。
この声を聞くために、毎日頑張れる。

あんまり、この人の声に立ち止まる人はいないけど、この人は誰かの心に語り掛けるような、そんな歌い方をする。

近くの花壇に腰かけて、聞き入る
そうすると、すっかり空は暗くなって、いつも8時すぎになってしまうんだ。

帰らなきゃ、そう思って立ち上がった時、引き留められる。


「 あの、 」
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