いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
『実は、ちょっと変なことがあってさ』
「変? どんな?」
『父がいきなり"望むことはあるか"と聞いてきたんだ』
その報告に、ミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出そうとしていた手が思わず止まる。
「それで、何かお願いしたの?」
『いや、交換条件にと言われて、俺もそこは譲れないから無理だって返したよ』
彼は怪訝そうな声に、私は「そうなんだね」と冷静を装って返した。
でも、内心はとてもホッとしている。
いち君は条件を飲まず、縁談は受けないことを優先してくれたのだ。
けれど、断られた社長はどうするつもりなのか。
また待ち伏せされるのかと考えて、思わず溜め息を吐く。
『沙優、疲れてる?』
うっかり気をつけるのを忘れて吐き出した深い息は、いち君にしっかりキャッチされてしまった。
「あ、ううん。ごめんね。今日は少し忙しかったから」
これは嘘ではない。
実際今日は忙しかった。
まず、明日、いち君に見せる為の色校正が今朝上がってきたのだけど、求める色と微妙に違っていて修正をお願いした。
明日の午前中には欲しいとワガママを言って印刷会社の人を困らせ、さすがに厳しいと渋られた為、それならば今日取りに伺いますと電車を乗り継ぎ手に入れてきた。
そして、事務所に戻ると今度はノベルティに使うはずだった紐を代えるということで、ディレクターと一緒に店を回りまくったのだ。
おかげで足はくたくた。
お昼ご飯もまともに食べてないけれど、夏バテしてるのかあまり食欲が湧かないので、とりあえず冷蔵庫に入っている作り置きのマリネをつまんでおいた。