いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
電車を待つ間も溜め息だけが漏れる。
金曜日のこの時間は、仕事終わりに一杯ひっかけてきたであろうサラリーマンも多く、上機嫌で笑う声が時々聞こえていた。
……いち君はもう、家だろうか。
それともまだ会社で仕事をしているのかな。
吉原さんと、一緒に。
また、溜め息が落ちて、夏のじっとりとした空気に溶けて消える。
そうして、意気消沈していたら、トンと肩を叩かれた。
驚いた私は思わず「ひゃっ」と小さい悲鳴をあげる。
すると、背後から「悪い悪い」と笑う声がした。
振り向いた先に立っていたのは、以前、いち君が酔い潰れた時に連絡をくれた羽鳥さんだった。
ダークグレーのジャケットの袖をロールアップにした彼は、安心したように目を細める。
「ああ、良かった。やっぱり君だ」
「羽鳥さん……」
もし人違いだったらやばかったと無邪気に笑う羽鳥さんに、とりあえず私は「こんばんは」と挨拶した。
聞けば、彼の職場がここから近いらしく、いつもこの駅を使っているんだとか。
今まで会っていなかったのが不思議だと思ったけれど、よく考えたら先月知り合ったばかりなので当然だった。