いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
「顔だけでなく名前まで覚えてもらえてたとは。もしかして俺に惚れたのか?」
からかう羽鳥さんに、私は「はぁ〜……」と深い溜め息を吐く。
「そんなに呆れないでくれよ。冗談だから」
「わかってます。でも今は突っ込む余裕がなくて」
すみませんと謝ると、羽鳥さんは「そうか」と考える素振りを見せてから、少し付き合ってくれと私をすぐ側に設置されているベンチに座らせた。
いやでも、あと五分もしないうちに電車が来るんですけどと喉まで出かけるも、コーヒーを買ってくると背を向けた彼に何も言えなくなる。
やがて、二つの缶コーヒーを手に戻ってきた羽鳥さんは、一つを私にくれると自分もベンチに腰掛けた。
「で? 悩み事はもしかしてはじめ?」
ズバリ当てられて、私は言葉に詰まってしまう。
けれど、それを肯定ととった彼はクククと喉を鳴らして笑った。
「付き合うことになったと聞いたけど、なんだ上手くいってないのか」
線路の向こうに見える新緑が風に揺れるのを、私は唇を軽く噛みながら眺める。
プシュ、と隣からプルタブを引く音がして、次いで羽鳥さんが「何があったか聞いても平気?」と尋ねてくる。
もちろん、はじめには言わない。
そう言われて、私は唇を開く。
多分、私も誰かに聞いて欲しかったのだ。
その相手がいち君が仲良くしている友人なのは、幸運なのかもしれない。
私は冷たい缶コーヒーに視線を落とし、昼間見た光景を説明した。
あまり思い出したくない、あの光景を。