いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
辺りを見渡すと、ビルとビルの間に立つ電柱の陰からス……と、人影が現れて私は身を固くする。
その人は、白いブラウスに黒いミモレ丈のスカートを履いていて、のそり、こちらへと一歩踏み出した。
長い髪はボサボサで、その隙間から覗く瞳には覇気がない。
クマに縁取られた目が、私を真っ直ぐに捉えていて恐怖に体が竦む。
けれど、ふとその面影に覚えがあって、記憶の引き出しを開け閉めし……すぐに見つけた。
「さか、まきさん?」
──そうだ。
彼女は社長秘書の坂巻さんだ。
いつもキリッとした印象がある彼女が、なぜこんなにも憔悴してしまったのか。
ひとまず知る人であることに安堵し、私は「どうしたんですか?」と声をかける。
すると、彼女は声を震わせて言った。
「あなたが……別れてくれな……ら、私、捨てられたんです」
「え?」
「はじめさんが彼に余計なこ……言うから、私、彼に叱られて」
いち君が、誰に?
私は、車の行き交う音で彼女の声を聞き漏らさないようにと耳を傾ける。