いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
「大丈夫?」
声をかけつつ、ショルダーバッグからハンカチを取り出して彼の髪を濡らす水分を拭き取れば、ありがとう、と苦笑し姿勢を低くした。
おばけ屋敷のことといい、この状態といい、いち君が困ったりする姿は昔もあまりお目にかかれなかったので、なんというか嬉しい気持ちになる。
そして、思った。
過ぎてしまった時間を悔やむより、今という時間を大切にすべきなのだと。
「私ね、少し寂しかったみたい」
柔らかい毛先をハンカチで包みながら落とした本音に、彼は僅かに頭を上げた。
「寂しい?」
聞き返されて、私は眉をハの字にして微笑むと小さく頷く。
「何が寂しかったの?」
「いち君と私の間に、空白の時間ができて、お互いを良く知らない私たちが出来上がってしまったのが」
答えると、いち君が切なそうに瞳を揺らして視線を私から反らした。
「ずっと……連絡も、しなくてごめん」
「何か理由があったの?」
聞いてもいいのか一瞬迷うも、今しかタイミングがないかもしれないと問いかける。
すると、彼は僅かな沈黙の後に唇を動かした。
「……あった。でも、今それを言うのは違う気がするから、いつか話せる時が来るまで待っててくれるかな」
ごめん。
謝られて、私は彼の髪に触れている手を自分の膝へ置いた。