いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
「ところで、打ち合わせを担当する予定の吉原に代わって、今日は俺が担当することになったからよろしく」
「え、何かあった、んですか?」
いち君相手にぎこちなく敬語で問いかけると、彼は少し腰を折って唇を私の耳元に寄せて。
「俺が沙優といたいから、かな」
ここが会社だとは到底思えない言葉を囁いてまた背筋を正す。
そして、じゃあ案内するよと革靴の踵を返した。
少しだけ速度を上げた心臓。
私は、誰かに見られなかったかと周りの目を気にしながらも、手触りの良さそうなスーツを纏ういち君の背中を追いかける。
幸い、誰の目も私といち君に向いてはおらず、胸をなでおろすと彼の背中越しに小声で話しかけた。
「待って、まさかそう言って代わってもらったなんてことは」
「ないよ。でも、特別な人だからとは言ったけど」
横顔だけで振り返り、楽しそうに目を細めたいち君。
私は目を剥いて「えええ!?」と驚きの声を上げてしまう。
もちろん小声だけど、たまたますれ違った男性は訝しげな視線を寄越してきたので、私は肩を丸めて頭を下げた。
いち君はクスクスと笑い、また前を向く。
本当にしろからかってるにしろ、心臓に悪いのでやめてほしい。
打ち合わせ前から疲れを感じ、私はそっとため息を吐き出した。