いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
慌てて背筋を正すと、いち君が庇うように私の前に立つ。
「違います。彼女は実績もあり、そのセンスとデザインが今回の商品に合うと考えたからです。どうぞ結果を見てご判断ください」
きっぱりと跳ね除けて、堂々と父親と対峙するいち君。
彼がどんな顔で父親を見ているのかは、ここからでは見えないけれど、東條社長は緩く頭を振ると「わかった」と答えて。
「沙優さん、すまなかったね。私は少し急いでるので、またそのうちゆっくり」
私に軽く手を上げて挨拶をした。
すると、秘書なのだろう。
少し離れた場所に立っている眼鏡をかけた真面目そうな女性が社長に黒いビジネスバッグを渡した。
年齢は私と近そうだけど、落ち着いた物腰が年上っぽい印象だ。
「はい。失礼します」
再度お辞儀をすると、二つの足跡が遠ざかっていって、私はいつのまにか固くなっていた体の力を抜く。
そして、すぐにいち君に謝った。
「ごめんなさい。勝手に仕事のこと口にして」
すると、彼は振り向いて微笑みを浮かべる。
「気にしないでいいよ。それより、さっき君が声をかけてくれた時、昔のこと思い出したよ」
「昔って?」
「君が初めて俺に声をかけてくれた時のこと」
ああ、そうか。
彼もまた、私と同じように思い出していたのか。
図らずも同様に過去を思い返していたことに、私も笑みを浮かべる。
そうすれば、彼は懐かしそうに顔をほころばせて。
「戸惑ったけど、凄く嬉しかったんだ」
今も、同じ気持ちだよ。
そう言ったいち君の笑みは、やはり初めて声をかけた時のものと似ている気がした。