いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~
「その名で呼んでいいのは彼女だけなので、やめてください」
「なるほど。会えたんだね」
いち君の話なんて聞こえてないかのように、聖司が私に話を振ってくる。
そうだった。
聖司は知っているのだ。
いち君の名を。
私が何て呼んでいたかも。
私が相談し、打ち明けていたから。
当時抱えていたいち君への想いごと。
「良かったね」と聖司が言ってくれて、和やかに別れるのかと思いきや、細められた聖司の目がいち君に向けられて。
「初めまして。俺、あんたを超えられなかった沙優ちゃんの元カレです」
まさかの反撃に出た。
私の肩を抱くいち君の手に力が入る。
いち君の様子を見るまでもない。
憩いの場であるテラスに殺伐とした空気が漂い始め、全身の血の気が引く。
「忘れさせてあげたかったんだけど、俺じゃ役不足だったみたいで」
「ちょ、ちょっと聖司」
「でも、俺がもらったよ。彼女のハジメテを全部ね」
とんでもない爆弾を投下され、私はやめてくれと目で訴え頭を振った。
けれど、聖司は「ごめんね、沙優ちゃん」と謝ってから。
「でも俺、ずっと言いたかったんだよね。お前のせいで沙優ちゃんと俺はダメになったんだって」
いち君を冷めた目で見る。
だけどそれも一瞬。
聖司はすぐに笑顔を見せた。
「てことで、スッキリ! 子供みたいでごめんねー。沙優ちゃん、いち君がまた勝手に消えたりしたら連絡して。酒でも付き合うよ」
じゃあね。
ひらひらと手を振り、何食わぬ顔でテラスから出て行く聖司。
それを見送る私は、背筋が凍りそうな笑みを携えているいち君の横で、愛想笑いを浮かべるしかなかった。