いとしい君に、一途な求婚~次期社長の甘い囁き~


「その名で呼んでいいのは彼女だけなので、やめてください」

「なるほど。会えたんだね」


いち君の話なんて聞こえてないかのように、聖司が私に話を振ってくる。

そうだった。

聖司は知っているのだ。

いち君の名を。

私が何て呼んでいたかも。

私が相談し、打ち明けていたから。

当時抱えていたいち君への想いごと。


「良かったね」と聖司が言ってくれて、和やかに別れるのかと思いきや、細められた聖司の目がいち君に向けられて。


「初めまして。俺、あんたを超えられなかった沙優ちゃんの元カレです」


まさかの反撃に出た。

私の肩を抱くいち君の手に力が入る。

いち君の様子を見るまでもない。

憩いの場であるテラスに殺伐とした空気が漂い始め、全身の血の気が引く。


「忘れさせてあげたかったんだけど、俺じゃ役不足だったみたいで」

「ちょ、ちょっと聖司」

「でも、俺がもらったよ。彼女のハジメテを全部ね」


とんでもない爆弾を投下され、私はやめてくれと目で訴え頭を振った。

けれど、聖司は「ごめんね、沙優ちゃん」と謝ってから。


「でも俺、ずっと言いたかったんだよね。お前のせいで沙優ちゃんと俺はダメになったんだって」


いち君を冷めた目で見る。

だけどそれも一瞬。

聖司はすぐに笑顔を見せた。


「てことで、スッキリ! 子供みたいでごめんねー。沙優ちゃん、いち君がまた勝手に消えたりしたら連絡して。酒でも付き合うよ」


じゃあね。

ひらひらと手を振り、何食わぬ顔でテラスから出て行く聖司。

それを見送る私は、背筋が凍りそうな笑みを携えているいち君の横で、愛想笑いを浮かべるしかなかった。


< 73 / 252 >

この作品をシェア

pagetop