恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!
弾んだ会話とコーヒーのお替りが済んだ頃、「では私はそろそろ。」と佐倉さんは立ち上がりながら言った。
「美味しいコーヒーをご馳走様でした。」
「こちらこそ、色々教えて頂いてありがとうございました。」
「じゃあ、次は金曜日にお伺いすることになってますので、修平さんによろしくお伝えください。」
「はい分かりました。」
アンジュと一緒に玄関までお見送りをする。
玄関で靴を履きながら「あっ。」と何かを思い出したように佐倉さんが声を上げた。
「どうかしましたか?忘れ物なら私が取ってきますよ。」
「いえ、そうじゃないの…」
佐倉さんは少し細めの綺麗な眉を寄せて、思案げな顔をしている。
それから、私の顔をじっと見つめて、「ふっ」と微笑んだ。
「修平さんには今週はお会いしないので、伝言をお願いできますか?」
「はい。もちろんです。」
「では『お誕生日おめでとうございます。今週木曜日にはお伺いしませんので、伝言で失礼いたします。』と伝えてください。」
佐倉さんの台詞に私は目を見開いた。
え!?今なんて……
思考停止状態の私には、その意味がうまく頭に入ってこない。「どういうことですか?」と彼女に訊こうと口を開きかけたその時。
「この家の先代の奥様であった吉乃さんは、本当に桜がお好きでいらっしゃいました。お孫さんの修平坊ちゃんがお生まれになった時に、大奥さまは『桜が散ってもこの子が生まれて来てくれたからこれからは寂しくないわね』と、とてもお喜びになっていらっしゃいました。その修平さんのお誕生日は四月十二日、明後日なんですよ。」
佐倉さんは懐かしそうに目をすがめながら優しい顔をして話しを続けた。
「この家のお庭の桜はたいそう見事でしょう?大奥様はその桜をとても愛していらっしゃいました。ですが、その桜が散ってから亡くなってしまったので、きっと修平坊ちゃんは桜が散るのを見ると大奥様を思い出して、少し切ないお誕生日を迎えてらっしゃる気がします。」
「そうだったんですか…」
佐倉さんから話を聞くだけでも私の胸は締め付けられるように苦しくなる。
あんなに美しい桜を見て、哀しい想いをしてほしくないな…。
しかも自分のお誕生日ならなおさら…。
眉を寄せて目を伏せていると、佐倉さんが私の右手をそっと取った。
「ですので毎年、お誕生日にはご挨拶に伺っていたのですが、今年はどうしても外せない用事が有ってお伺いできないのです。その旨を杏奈さんにお伝え頂きたいのです。」
優しくそう言う佐倉さんの瞳の奥がキラキラと光って見えて、何かもっと私に言いたいことがあるような気がする。
「佐倉さん…」
それを問おうとした私を遮るように、頭を軽く下げた彼女は、「では、失礼いたします。」と短い挨拶をしてから帰って行った。