恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!
裾から主演の俳優や、メインとなる役者さんがぞろぞろと出てきた。作中では着物だった役者さんたちが、スーツやドレスを着ているのが返って新鮮に見える。でも、いちばん最後に出てきた人だけは、着物姿だ。
髪を結いあげ薄紫の着物を悠然と着こなしたその人は、舞台中央付近で足を止めた時、こちらを見て、かすかに微笑んだ。
「あれ…着物の女性、どこかで見たことが…」
隣の修平さんが小さな声で呟いた。
「もしかして、『橘ゆかり』!?」
「う、うん。作者も舞台挨拶に出るって。」
「本当!?ああ、地元出身の作家だからかな。間近で本物を見れるなんてすっごいラッキーだ!」
周りを気にして小さく話す修平さんの声がとても興奮しているのが伝わる。舞台の照明が照らし出した彼の瞳がキラキラと輝いているのが見える。
こんなに喜んでくれるなんて、一緒に来て良かった…。
この映画を楽しみにしていたのは私も一緒だけど、映画を観終わってからもこんなに嬉しそうな彼の隣にいるだけで、何とも言えない幸せな気持ちになる。
でも、早くあのことを伝えないと…。
舞台上で映画制作のトークをする役者さんたちの、話を聞きながら、私は少し焦っていた。
ひとしきり役者さんたちの舞台裏の苦労話や面白い遣り取りが済んだ頃に、司会者が
「では、この映画の原作者である、橘ゆかりさんから一言いただきたいと思います。」
と、話を彼女に振った。
「ご来場の皆様、ご観覧ありがとうございます。原作者の橘ゆかりです。この『十六夜夢奇譚』はもう書き始めて十年になります。十年を迎えるこの節目の年に、第一作目となる本作を、こんなに素晴らしい映画にしていただいた監督さま、役者の方々、全ての制作スタッフの方々、ヒカリ出版社の皆様には本当に感謝の言葉しかありません。この場を借りて、心よりお礼を申し上げます。そして、私の執筆活動をこれまでずっと支えてくれている夫と娘にも、感謝の気持ちを伝えたいと思います。本当に、本当にありがとうございました。」
舞台の上で原作者の橘ゆかりが深々と頭を下げると、場内から割れんばかりの拍手が起こった。
周りのお客さんも、舞台の上の役者さんたちもみんなが彼女に拍手を送っている。
私も痛くなるほど叩いた。瞼にはじわじわと水気が集まってくるのを感じるけれど、それを拭うことなく、拍手を送り続けた。