恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!
「え?そっちは、」
父は『STAFF ONLY』と書かれた扉を開けると、私の隣を歩いている修平さんがすこしびっくりしたようだった。そんな声はまったく気にせず、父は関係者用通路をスタスタと歩いて行くから、私たち二人はその後ろを追いかけるように着いて行く。
立ち止まった扉には『橘ゆかり様 控室』とある。
「え?橘ゆかり、の!?」
目を丸くする修平さんがそう言うと同時に、父はその扉をノックする。中から「どうぞ」と声がして、父が扉を開いた。
開いた扉の内側に、さっき見たばかりの着物姿があった。
一歩足を踏み出した父が、彼女のことをいきなりギュッと抱きしめた。
「とっても素敵だった。映画も由香梨さんも。」
「ありがとう。それはあなたがいてくれるからよ、隆弘。」
二人が目の前で唇を合わせる。軽く「ちゅっ」とする程度だけど、放っておくと人目も気にせずにエスカレートしていくことをよく知っている私は、心を鬼にして割って入ることにする。
「映画、すごく良かった…お母さん。私、いつもお母さんの書くお話しが大好きだよ…。」
言いながら目元が熱くなってきて、浮かんできた涙をこぼさないように耐えながら、今日言おうと思っていたことを最後まで口にする。
「お母さんが忙しくて、子どものときは寂しいと思ったこともあったけど、でも今は世界一尊敬してるよ。」
言い切った私の目から涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「杏奈…ありがとう。」
着物の袂から出したハンカチで私の涙を拭いてくれた母の目にも、涙が滲んでいる。
しんみりとした雰囲気が気恥ずかしくなって、言葉を探した。
「それにその着物も良く似合ってて素敵だね。」
「ありがとう。うふふ、この着物、ヒロが今日の為に新調してくれたの。加賀友禅。」
語尾にハートマークが付いてそうな母の嬉しそうな声に、私のつられて「クスっ」と笑った。
私の隣で唖然としている修平さんに、母がニッコリと微笑む。
「修平さんも、来て下さってありがとうございます。映画、楽しんでいただけましたか?」
隣の彼からの反応がない。横を見上げると、何度か口を動かしているけれど、声には成らない姿があった。
「修平さん…」
彼の袖をツンツンと引っ張ると、彼は私の方を一旦見て、また母の方に顔を戻した。
「あ、え…えっと、すみませんっ、映画、すごく良かったです。ちょっと、今、状況整理出来なくて…。えっと、杏奈さんのお母さん、ですか?」
「はい、杏奈の母の由香梨です。あ、今は『橘ゆかり』でもありますけど。」
いたずらっぽく笑う母に、修平さんが息を呑んだ。それから、おもむろに両手で顔を押さえて、
「うわ~~っ」
と言って、その場にしゃがみ込んだ。
両手に入りきれなかった彼の耳が真っ赤に染まっているのを、私たち三人はしっかりと見てしまった。