恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!

 修平さんが顔を赤らめることも珍しいけれど、こんなに動揺する姿なんて初めて見る。
 それでも彼は、すぐに立ち上がって母の方に両手を差し出した。

 「この度はご招待ありがとうございます!俺、ずっと橘ゆかり先生のファンなんです。今回の映画とても素晴らしかったです。またシリーズを読み直したくなりました。今月出た新作も拝見しました。続きが楽しみで仕方ありません。」

 母の手を両手で包むように握手をしながら、修平さんが勢いよく喋り出した。
 彼に手を取られた母は、少し面食らっている。
 修平さんに母が『橘ゆかり』だと話していなかったのと同様に、母にも彼が『橘ゆかり』の大ファンであることを話していなかったのだ。

 私の両親に偶然出会ってしまった時も、落ち着いた態度を取っていたのに(父に食って掛かったのは別だけど)、『橘ゆかり』に見せるその姿にモヤモヤしてくる。
 彼の顔が私には見せたことのない顔になっていて、いつもは彼の笑顔にときめくところが、黒く塗りつぶされていく感じがした。

 「おいっ、いつまで握ってるんだよ。」
 
 母の後ろに立つ父が、修平さんの手を少し乱暴に掴む。

 「あっ…」

 頬を赤くした修平さんが、握手していた手を離した。少し照れくさそうに、「すみません…」と俯く。

 「取り乱してしまってすみません。杏奈さんのお母さんが、まさかずっと好きだった作家さんだとは思いもしなかったので。」

 「俺の嫁を口説くな。」

 「い、いや…由香梨さんを、好きというわけでは、…俺が好きなのは『橘ゆかり』さんで…」

 「まあ、別にいいけど、杏がそろそろキレそうだぞ。」

 「えっ?」

 父の台詞に、修平さんが隣を見下ろす。

 「杏奈?」

 彼の視線を感じているけれど、そちらを見る気にはなれない。
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