恩返しは溺甘同居で!?~ハプニングにご注意を!!
「私の中で、母が物書きなのは『当たり前』のことだったの。私が生まれる前には作家デビューしていた母は、私を産んで一年後には有名な賞も貰っていたし、私のしっかりとした記憶の最初は、母が机に向かって執筆している後姿だったの。」
「そうか、橘ゆかりは彼女がまだ大学在学中にデビューしたって、プロフィールに書いてあったのを見たことあるよ。」
「うん。だから『母=作家』なのは、他の子のお母さんがお家で専業主婦をしているのと同じ感覚なの。特別言って回ることじゃないけど聞かれたら言う、っていう感じで。」
「なるほど。」
「それで、小学四年生の時に母が再婚して父が出来た。ヒロ君は初めて会った時には『喫茶店のお兄さん』で、それが当たり前のまま、父になって。なんか、両親とも別々に自営業を営んでいる家庭が珍しいってことすら、私には分からなかったんだ……。母は作家、父は喫茶店店主、それが当たり前の日常だったの。」
「うん、そうだね。…………」
私はここで少し言い澱んだ。苦々しい気持ちが記憶の隅から滲み出してくる。
「杏奈?辛いなら言わなくてもいいよ。」
眉間にしわを寄せて黙ってしまった私を、修平さんが心配そうに見ている。その瞳が温かくて、私の心の中も少し温かくなる。
「ううん、大丈夫。」
彼を見つめて小さく頷いてから、続きを話しだした。
「中学校に入ってから、何かのきっかけで両親のことが周りに広まったの。小学校の時は、周りのお友達で知ってる子もいたんだけど、特にそのことで何か言われたりしたことが無かったの。だけど、中学校では…」
「周りが過剰反応した?」
「…うん。そういうことに、なるかな…。」
「たぶん母の小説を原作にドラマになったりもしたから…。中学に上がったばかりで知らない子達の間で、びっくりするほど盛り上がっちゃって…、私に母のサインを頼まれたりしたの。でも、そのころ、母は寝る間もないくらいに忙しくて、娘の私とも顔を合わせないくらい籠って執筆しているのがほとんどだったの。」
「すごい人気になってたもんな、橘先生。」
「うん…、だから本当に申し訳ないんだけど、『母は今忙しすぎるから、サインはもらえません』って何人かにお断りしたんだ。そしたら……」
「逆恨みされた?」
「うん。」
「酷いな。」