溺れて染まるは彼の色~御曹司とお見合い恋愛~

「明日も明後日も、咲の手料理が食べたい」
「っ……あ、あのっ、八神さん」
「なに?」

 彼は火照りだした私の顔を覗き込み、抱きしめる腕を緩めることなく返事をした。


「少し、離れてください」
「どうして? 咲にくっついていたいのに」
「キッチンは、色々と危険が伴いますし」

 数秒してから、彼は「わかったよ」と言って解放してくれて、やっと生きた心地が戻ってきた。ドキドキさせられてばかりでは、心臓がいくつあっても足りない。



「八神さんは、帰ったらお仕事はしないんですか?」

 支度を進めていると、彼はキッチンカウンターの向こうから見つめていて。

 食事までの間に持ち帰った仕事を済ませたりしないのか、ふと疑問に思った。奈緒美から聞かされていた同棲生活では、そういう流れがあったはずなのに。


「できる限り、持ち帰らない主義だから」
「いつも忙しくされてるのに、すごいですね。きっちり会社で済ませてくるなんて……」

 仕事のできる男性は、素敵だと思う。一生懸命に社のために動く姿は、どんな人でも格好のいいものだ。
 それが、八神さんのような人だと、ひと際輝いているんだろうな。


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