溺れて染まるは彼の色~御曹司とお見合い恋愛~
「で、でも再会した時、私のことなんて忘れてたじゃないですか」
「そういう素振りはしたね。俺ばかり気になってるのは癪だから。それに、見合いの後に部屋で話した時も、本当は微塵も怒ってなんかなかったよ。……こんなやり方は狡いと思ったけど、俺みたいな男がいきなり迫ったところで、咲はきっと逃げると思ってね」
ハンドルを右に切って、大通りから入ったところで車が停められた。
「続きはまた後で。とりあえず降りて」
高層ビルとデパートが立ち並ぶ新宿の街の一角で、彼は私の手を引いて一軒の店舗へ入っていく。
蔵のような外観は威厳があって、木製の戸を引くと懐かしい音がした。
「お疲れ様です」
彼の姿を見つけるなり、和装の店員がひとり声をかけてきたけれど、お客に対するものではない。
「忙しいところすまないね。この前入ってきた新作の着物を見せてくれる?」
「はい、かしこまりました」
きょとんとしている私に、彼は優しい微笑みを見せた。