溺れて染まるは彼の色~御曹司とお見合い恋愛~

 彼の住まいは、ルームフレグランスがほんのり香っている。
 リビングのテーブルには、飲みかけのコーヒーが入ったマグカップが置かれたまま。今朝のものなのか、昨日のものなのかわからないけれど、こうして彼の日常に触れる女性は、何人いるのだろう。
 昨夜偶然見かけたあの綺麗な人も、ここに来たことがあるのかな。

 八神さんクラスの男性ともなれば、引く手あまたで女性には困らないだろうけれど、奈緒美が言っていた通り“オオカミ”の部屋に連れ込まれているということは……。

 身の危険を感じて、後ずさる。
 すると、スーツジャケットを脱いでベスト姿の彼がリビングに戻ってきたところでぶつかってしまった。


「どうしました?」
「あ、えっと……急用を思い出したんですけど」
「急用? どうしても今日じゃないといけないことですか?」
「はい。その、どうしても行かなくてはならなくて」

 どこに、何時まで行けば間に合うのかと尋ねられ、上手く答えられず黙り込む。


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