生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「ごめん、そこは無理かも。俺じゃまだ、魔術省には力が届かないな」

「そう、ですか」

 ふっと、ルイスの顔に暗い影が落ちたのをリーリエは見逃さなかった。

「……ニカ王妃は、ご健勝かしら?」

「随分、落ち着いてはいるよ。リリのおかげで毒に怯えなくて済むようにはなっているし」

 伯爵家出身のニカ王妃が正妃として立っているのは、それを陛下が強く望まれたからだ。
 それなのに、望むだけ望んで保護できるだけの力を持たなかったアルカナの陛下は、正妃にした後もニカ王妃に力を持たせなかった。
 そのためにずっと命を狙われ続けている。
ニカ王妃も、ルイスも、妹であるアデル姫も。

「ごめん、ね。私じゃあまり役に立てなくて」

 実情を知っているだけに、軽率なことを口にしてしまったとリーリエは目を伏せる。
 魔道具で毒から守れたとしても、精神面はどうにもならない。
 自分で望んだわけでもないのに正妃として立たされ続けるのは、どれだけ苦しいことなのだろう。
 守る気もないくせに、手を出すだけ出して放置なんて、無責任だと憤りを感じる。
 だけど、外野である自分がそれを口にすることはできない。
 リーリエは己の無力さを噛みしめるようにこぶしを握り締める。

「リリが気にすることじゃないよ。十分助けてもらっている」

 リリの魔道具、本当に助かっているんだとルイスは身につけている銀製の腕輪を指し苦笑する。

「また、会いに来てやって。母上もアデルも喜ぶ」

 ルイスが全権代理として立つことでようやく表から引くことができたニカ王妃と幼い姫君の顔を思い浮かべる。

「……私は人質よ? もう、堂々と会いに行ける立場でもないわ。お二方のご迷惑になってしまう」

 リーリエはルイスの申し出を首を振って断る。
 二人はルイスにとても良く似ている、ルイスが守りたい人筆頭だ。
 だからこそ、今の状態で会いに行くわけにはいかない。

「だから、早く私が会いに行けるようにしてくれる? アデル姫のデビュタントの時は私が一番に賛辞を述べられるように」

 それまでに国内を安定させてほしい。言外にそう告げ微笑むリーリエ。

「いや、一番は俺だから。アデルはやらん」

 が、秒で断りを入れてくるルイス。これだけは譲れないからと強固に拒否する。

「嫌よ。私が姫のドレス用意する。絶対可愛いもん。ティアラとお花で飾って、一番人気の香油で磨き上げて、世界で一番のお姫様にするんだから」

「リーリエにはシャロンがいるだろ!?」

「シャロもするに決まってるでしょ!? 何言ってるの? 当たり前のこと言わないでくれる?」

「……俺は何を見せられているんだろうか?」

 突如目の前で始まった言い争いについていけず、ぼそっとつぶやいたテオドールに、

「「妹争奪戦に決まっている(のです)!!」」

 そして自分の妹がいかに可愛いかを語りだし、本人たちの意志は無視して可愛い妹の争奪戦が繰り広げられた。
 そんな二人の言い争いを見てテオドールは察する。
 結局この二人は似た者同士なのだ、と。
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