生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

51.生贄姫は夜に祈る。

 中途半端な時間に覚醒し、リーリエはため息を漏らす。
 夜が明けるにはまだ早く、2度寝するには目が冴え過ぎている。
 しばし逡巡した結果、散歩に出ることにした。
 部屋着に羽織りをかけた軽装だが、この時間なら誰かに会う事もないだろう。
 今日は2つの月がどちらとも新月で、闇が深い。
 もう随分と歩き慣れた屋敷内の庭なので、灯りがなくとも危なげなく歩けた。
 夜風が思考を攫っていく。
 特に目的があったわけではないが、リーリエの足は自然と薬草園に向かう。
 今日は月明かりが無いため、ラリサの実は光らない。
 アシュレイ領にあったものと同じ植物が根付いている。
 自分で植えておいて何だか、コレがここにあることに不思議な気持ちになる。

『私は一体いくつ、筋書きを変えられたのだろう?』

 それがいい事なのか、悪い事なのか、きっと進み切るまで分からない。
 あと、3年。
 役目を終えて、ここを去ったとして、その後は一体どうしよう?
 今考えるべき事ではないとは分かっている。それでも先を考えておかなければ、これから先に進めなくなる気がした。

『どうすれば、私はテオ様に返せるんだろう?』

 ここに来て、抱えきれない程沢山のものをもらった。
 許されて、救われて。
 揶揄われて、怒ったり、笑ったり。
 こんな日々を誰かと過ごせるなんて、思わなかった。

『テオドールは俺がもらう』

 と、ルイスは言った。
 ならば、きっとテオドールは進む事に決めたのだろう。
 そう遠くない未来、道は分かれる。
 それが本来あるべき姿なのだとリーリエは思う。

『本来、私はここにいるはずのない人間なのだし』

 最後はキチンと手を離さなければ。
 この気持ちが育って、特別なものに変わる前に。
 分不相応に望んでしまう事がないように。

『私はただ推せればそれでいいのだから』

 戒めておかないと、勘違いしてしまいそうになる。

『推しに会えばときめくのは当たり前』

 人の欲には限りがない。
 もっと、もっと、と望んでしまう。
 本来あるべきではない筋書きを自分のために選んでしまった。
 その罪を、結果を、業を背負うべきは、自分でなくてはならないとリーリエは思う。

『ここに来てからの日々が楽し過ぎましたね』

 目を閉じて思い浮かぶ光景が、暖かなものばかりだから。
 テオドールは進んだ先で、誰と笑い合うのだろう?
 それを見届けることはできないけれど、その人が彼を幸せにしてくれればそれでいい。

『私は、思い出だけ抱えて、きっと生きていけるから』

 もう少しだけ、その隣を独占することを許して欲しい。
 そんなことを夜に祈る。
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