生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

54.生贄姫は理想を語らう。

『今のままじゃ、お前がどれだけリリを想っても、リリが応える日は来ないよ』

 ルイスに言われた言葉がテオドールの脳裏に浮かぶ。

『他人からの好意は素直に受け取らず』

『恋慕の情はなく』

『誰に対しても執着しない』

 彼女は誰よりも正しく、自分との関係を理解しているのだとテオドールは認識する。
 "政略結婚"と言う名の契約書。
 テオドールが自らサインしたそれには、2国間での取り決めが羅列されており、その契約事項に"愛"だの"恋"だのと不確かで利益にもならない感情は含まれていない。
 最愛だといいながら、テオドールの妻だと主張しながら、その同じ口でリーリエではない別の誰かとの未来を勧めてくる。
 "推し"のために、リーリエが持てる知識を、技術を、才を活用し支援はしても、テオドールが1番欲しいモノはくれない。
 そして、自分にはまだリーリエに自覚した自身の気持ちを伝える資格さえ無いのだとテオドールは悟る。

『それでも、欲しいと願うなら』

 研鑽し続けるしかないのだろう。
 観察対象でも支援対象でもなく、リーリエ自身が欲しいと手を伸ばし、手放し難いと執着を示してくれるまで。

「俺は世辞を吐けるほど器用ではない」

 テオドールは気持ちを伝えられない代わりに、事実を述べる事にする。

「上背なら俺もある。そもそもヒールの高さなんて気にならない。好きなものを履けばいい」

 テオドールは淡々とした口調で続ける。

「俺にはドレスの良し悪しもリーリエの好みもわからない。だが、リーリエにとってドレスが戦闘服だというのなら、1番効果的な物を選べばいい」

 淑女として戦う彼女は選択を誤ることはしないから。

「俺は可愛く可憐な花よりも、毒を制し牙を研げる奴がいい」

 自分の周りにはうんざりするほど敵が多いから。

「俺は一歩下がって立ててくれる女よりも、隣に並んで自分の意見を述べてくれる奴がいい」

 死神と揶揄される自分に怯む事なく話してくれる存在は、貴重な相手だから。

「俺は困難を前にして、苦しくても投げ出さず足掻き続けられるその様をキレイだと思う」

 その努力は、強さは、根性は、どれも賞賛に値する。

「当て馬など必要ない」

 今はまだ届かなくても。
 たった一言伝える事さえ、叶わなくても。

「俺自身の力で隣にいて欲しいと願う相手に選んで貰えるような自分になりたいからな」

 驚きで猫のように丸くなっている翡翠色の瞳に、テオドールは決意を告げた。
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