生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「うわぁ、ド修羅場。ってか、隊長マジで浮気してたんですか!?」

 ゼノの目から見れば、職場で修羅場真っ最中の男女の構図。
 一人は自分の上司であるテオドール。
 もう一人はその妻リーリエ妃の専属侍女であるリン。
 しかも別れる別れないの言い争い。

「隊長、これは流石にアウトでは?」

 ゼノの登場で頭が冷え客観的に考えられるようになったテオドールは、盛大にため息をつく。

「……リーリエ、わざとか?」

「当然でございます」

 呆れたような表情を浮かべけろっといつもの口調に戻したリーリエは手首からテオドールの手を外す。

「ようやくこちらを見ましたね? 大事な話をしているというのに、城内で気を抜き過ぎでございます」

 ため息をついたリーリエは、

「ゼノ様の気配に気づかなかったのでしょう? 普段のあなたならあり得ません。そんなに気を抜いていたら、後ろから刺されますよ」

 ときつめに諫める。
 ここは城内。
 どこに目があり、耳があり、テオドールを落とそうとする敵がいるか分からないのに。

「悪い、目が覚めた」

 素直に謝るテオドールに、リーリエは満足そうに微笑む。

「素直に非を認められるところは、本当に旦那さまの美点ですね」

 二人のやり取りを呆然と見ていたゼノの前に歩み出たリーリエは、淑女の微笑みを浮かべ姿勢を正し実際にはない裾を持ち上げる動作をつけ淑女らしい礼をして見せる。

「改めまして、リーリエ・アシュレイ・アルカナと申し上げます。このような格好でのご挨拶となること、ご容赦くださいませ。ゼノ様には主人がいつもお世話になっております。もちろん、浮気現場ではございませんので、皆様にはご内密にお願い申し上げます」

 見た目はいつも一緒に過ごしていたリンであるのに、立ち振る舞い口調、彼女から感じる圧がまるで違う。
 冗談などではなく、リーリエ本人なのだと知る。

「ああ、いつも通り”リンちゃん”で構いませんよ? 私も堅苦しいのは苦手ですので」

 マジかと固まるゼノにふっと、雰囲気を和らげたリーリエはいたずらっぽく笑ってそう告げた。
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