生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

56.生贄姫は協力を仰ぐ。

「いやぁ、それにしてもリンちゃんが妃殿下とかマジでびっくりだわ」

「私もゼノ様の順応力の高さに驚くばかりでございます」

「いや、馴染み過ぎだろ」

 ゼノが固まってのは僅かな時間で、数分後にはいつもの対応に戻っていた。

「んーでも、妃殿下がリンちゃんしている以上、普通に俺が改まってたらまずいんじゃないですか?」

 ゼノは彼らしい親しみやすさを保ったまま、そう尋ねる。

「流石はゼノ様。状況をただしく把握してくださっているようで、頼もしい限りです」

 リーリエは笑顔で頷いた。

「でも、まぁ妃殿下。真面目な話、何で俺に正体を明かしてくれたのかお伺いしても?」

 茶化す態度を一切なくし、すっと茶色の目が細められる。
 こういうオンオフの切り替えがゼノは本当に上手いよなとリーリエは思う。

「理由は2つ。1つ目、私個人の事情により、現在フクロウを要請しているから」

 リーリエは指を立てて、理由をゼノに告げる。

「2つ目、何故か旦那さまが最近上の空でいらっしゃったので、事情を理解している部下が必要と判断したからです」

 テオドールが何に悩んでいるのかは知らないが、城内であれほどまでに気を抜いた状態でいるのは頂けない。

「旦那さまの普段のご様子からも、ゼノ様以上に適任はいないと判断いたしました」

 まあ、ぶっちゃリーリエ的には推し2人が並んでいるだけでテンション爆上がりで、信頼と安定確でしかないのだが、そんな話ができるはずもないので静かな口調で微笑む。

「これほどまでに旦那さまからの信頼を実力で勝ち取れるというのは、羨ましい限りです」

 私もそうなれるように頑張ってるんですけどねぇとリーリエは大げさにため息をついて見せる。

「いやぁ、それほどでもあるけども。で、フクロウって、もしかしなくても魔導師?」

 ゼノの問いにリーリエは頷く事で肯定する。
 魔導師。
 フクロウや不死鳥を象徴とし、己の高い魔力を持って、己の実力のみで魔法を発動、体現していく戦闘系の魔法使いの総称。
 アルカナでは第一騎士団の特殊枠に位置付けられている。

「私、多分今からフクロウとガチンコの殴り合いをする羽目になりますので。お二方、何かありましたらフォローをお願いいたします」

 と2人に頭を下げた。

「はぁ? 何で、殴り合いなんか……」

 とテオドールは言いかけて言葉を止める。

「リーリエが"魔術師"だから、か」

 代わりに思い当たった回答を口にする。

「正解です。旦那さまは本当に勤勉でいらっしゃいますね」

 テオドールはヒントを出さずとも正解に辿り着く速度と正確性が、どんどん上がっていっている。
 テオドールのチューターを引き受けている身としては、その成長ぶりが喜ばしい限りだ。

「お察しの通り、魔導師と魔術師の間にはラルカス海溝よりも深ーい溝と亀裂が走っております」

 ラルカス海溝とはこの世界で一番深い海溝を指す。
 それほどまでに仲がいいとは言えない相手。

「その上私は余所者でこの国では人質と言う名の"生贄姫"。まぁそんな私が呼び出したとあれば、それだけであちらの神経逆撫ででしょうね」

 リーリエは仕方なさそうにため息をつく。

「それでも、私はフクロウに用があるのです。どなたが来られるか分かりませんが、仮に魔術師のことを毛嫌いしていたとしても、第二騎士団のトップ2人を前にすれば、多少なりとも態度を緩和せざるを得ないでしょう」

 魔導師は特殊枠とは言え、所属は一応騎士団。多少なりと、序列や隊の服務規程に従うはずだ。

「ご面倒をおかけしますが、お二方どうぞご協力をお願いします」

 リーリエはそう言って再び深く頭を下げた。
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