生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「頭を上げてよ、リンちゃん」

 ゼノの声かけでリーリエは顔を上げる。

「まぁ、事情はわかったし。できることは協力するよ」

 いつもの人懐っこい笑みを浮かべたゼノが軽く請負う。

「あーでもリンちゃんがたいちょーの嫁かぁぁー。これ知ったらうちの隊員半数くらい寝込むんじゃね?」

 実験の名目でたびたび第二騎士団に出入りしていたリンを慕う騎士は多く、ファンクラブができるレベルだ。
 騎士たちが抜け駆けするなよと牽制し合っている様子を見ていたが、当人が既婚者でしかも上司の妻とか衝撃が強すぎるだろうとゼノは苦笑する。

「不敬罪なら気にしませんよ? 隠していたのは私ですし」

 人質の政略結婚とはいえ、今の立場は正式に第3皇子妃として皇族に名を連ねている。
 まぁ、普通に接していただけなのに不敬罪の宣告を受けたら衝撃よねとリーリエは苦笑する。

「いやいやいや、そこじゃないんだけどね」

 若干噛み合わない会話にゼノが首を傾げる。

「まぁ、隊長がリーリエ妃大事にしてるの知ってるしねぇ」

 と意味ありげにニヤニヤとテオドールの方を見るゼノ。
 リーリエあてのプレゼント選びに頭を悩ませてみたり、表情を緩ませてみたり、僅かな変化だが、それは結婚前には見られなかった行動だ。

「ええ、私には勿体無いほどに良くしていただいておりますよ」

 ゼノに揶揄われてちょっと気まずそうなテオドールの横顔最高かよ!
 言葉交わさずに成り立つ2人の関係性尊すぎん!?
 と、内心で親指立てながら叫んでいる事など微塵も感じさせない淑女の笑みを浮かべてリーリエは受け答える。

「うわぁ、ナチュラルに惚気られたー。うわぁー隊長ラブラブじゃん」

 うらやまーと茶化すゼノの態度にイラッとしたようにテオドールの眉間に皺が刻まれる。

「まぁ、ゼノ様と旦那さまの仲の良さには負けますわ。私の方こそ羨ましい」

 怒られると分かっているのに絡みにいくゼノのチャレンジャー精神を微笑ましく思いながら、テオ様のこと好き過ぎん!? こっちこそご馳走様ですよ。と内心ニヤニヤが止まらないリーリエ。

「いやいやーそんな事ないでしょ」

「事実ですよー。現に私未だに旦那さまのお名前をお呼びする許可すら頂けておりませんし」

「「はっ?」」

 図ったように同じ言葉が発せられ、

「いや、なんで隊長まで驚いてるんですか?」

 とゼノがツッコむ。

「いや、覚えが……」

 ない、と言いかけてテオドールは結婚初日の言葉を思い出す。
 そしてその日以降リーリエから直接名前で呼ばれた事がない事に思い至る。

「……まさか、アレ守ってるのか?」

「……? だって、旦那さまが命じたのでしょう?」

 当たり前だとリーリエは頷く。
 だって、推しの言う事って絶対でしょうよと言うのがリーリエの中の常識だ。

「ご存じの通り、私と旦那さまは全て国の利益のために契約で結ばれただけの関係ですから。お二方のように信頼で成り立つ関係に憧れますね」

 少し寂しそうにリーリエはそう言って笑う。

「いやいやいや、そんな事ないでしょ?」

 なんとも思っていないただの契約相手だったらあのテオドールがわざわざ気にかけたり、悩んだり、行動を改めたりするわけないだろうとゼノ的にはツッコむところしか見当たらない。

「そうなんです! 旦那さまは大変お優しくて、なんと最近は旦那さまからカフェオレの差し入れ頂けるくらいの関係になったのですよ!」

 ドヤっと胸を張ってリーリエは自慢げに話す。最初の塩対応からカフェオレまで長かったなぁとリーリエはしみじみ思う。

「最終的にはゼノ様くらい頼りにしてもらえる友達みたいになれたらいいなーと思ってますが、旦那さま相手だとなかなかのハードモードでございますね」

 まぁ、今でも充分ニヤニヤ推し活できる距離ではあるが、友達ポジションだと尚近くで眺められら気がする。
 リーリエ的にはゼノのポジションが羨ましくて仕方ない。

「ああ、でもご安心ください。ゼノ様のポジションを狙ったりしませんので」

 だって2人セットの方が尊さ増すしね! はぁー眼福。
 などとリーリエが思っているなど、微塵も思っていないゼノは苦笑しつつ2人の関係の認識を改める。
 傍目から見ればテオドールの好意は分かるのに、当人には1ミリも伝わっていないらしい。
 あのテオドールがまさかの片思い。
 しかも、リーリエに伝わらなすぎてから回ってる。
 なんだその面白い状況。

「隊長、ドンマイ♪結婚してる相手に友達ポジ狙われてるとかめっちゃハードモードじゃないっすか」

 ゼノは今日一番のいい笑顔で親指を立て、テオドールに頑張れとエールを送る。
 そんなゼノに秒でやかましいと返しながらテオドールから鉄拳が落とされるのを見て、はぁー今日もやっぱり2人は安定の組み合わせだと幸せそうにリーリエは眺めていた。
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