生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

57.生贄姫は宅飲みを催す。

 夜、別邸の執務室でテオドールが仕事をしていると、コンコンっと窓を叩く小さな音がした。
 ちなみにここは3階である。
 テオドールがカーテンを開け窓を開くと、そこには木の枝に座るリーリエがいた。

「何やってるんだ、こんな時間に」

 聞くまでもなく、護衛もつけずに一人で来たんだろうなとテオドールはため息をついてそう話しかける。
 影から連絡がないところを見るとリーリエが口止めしたのだろう。

「叱らないであげてくださいね。私がお願いしたので」

 渋い顔をしていたテオドールにリーリエは悪びれることなくそう言って、

「お邪魔してもよろしいですか?」

 と尋ねる。
 テオドールはしかたなさそうに体を退ける。猫のように静かに、リーリエは窓からするりと入ってきた。

「せめて玄関から来いよ」

 こんな夜更けに一人でこんな遠くまで抜け出してきてなどといったところでどうせリーリエは聞く耳を持たないので、代わりにそう嗜める。

「仕事中かと思いまして。こっちの方が早いですし」

 だが、リーリエは気にする様子もなくそう言って笑った。

「何か用か?」

 眉間に皺が寄り、訝し気な視線を寄越してくるテオドール。

「さて、旦那さま。そろそろお互い腹を割って話しましょうか?」

 リーリエはいつかとは立場が逆だなと思いながら、その言葉を楽しそうに口にする。
 じゃんと効果音がつきそうな勢いで、テオドールの目の前に酒瓶を差し出す。

「今日は飲みましょう。東国のお酒、仕入れてきました」

 旦那さまが好きな辛口のやつですよとテオドールの好みまでしっかり把握されている。

「……公爵令嬢は吞まないんじゃなかったのか?」

「私が酒豪でも、旦那さま今更気にしないでしょう?」

 今日は付き合いますよ? とさらに勧めてくる。
 リーリエのことだから本当にこのためだけに来たのだろうなと苦笑してテオドールは本日の仕事をあきらめた。
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