生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……申し訳ありません。失敗、しましたね」

「本当に何がしたいんだ」

 うぅっと顔を伏せて俯くリーリエに呆れたような声が降ってくる。

「元気、づけたかったのですよ」

 蚊の鳴くような声で、リーリエはそうつぶやく。

「だって、旦那さまはここのところずっと上の空で、何やら落ち込まれていたでしょう?」

 いつもはっきりと物申す彼女にしては歯切れ悪く、言葉を選び選びゆっくり話す。

「こういう時……どうするのがいいのか、分からなくて。私そもそも気の置ける友達の1人もいないので……元気づけるとか、した事無くて……」

 リーリエは今世の人生を振り返る。
 公爵令嬢リーリエ・アシュレイの仮面をとってしまえば、よく考えなくてもぼっちのコミュ症でしかない。

「……普段駆け引きだの心理戦だのやってるのにか?」

 リーリエは困ったような顔をして、テオドールを見る。

「それは、科学的根拠に基づき分析研究された学問と実践を駆使してますから、できますよ? でも、そうじゃ……なくて」

 今まで頼りにしていたものを全て抜きにしてしまったら、自分は何て無力なのだろうとリーリエは自分が情けなくなる。
 それでも、何とか本心を伝えたくて言葉を選ぶ。

「私では、旦那さまが愚痴のひとつもこぼす相手になれませんか?」

 しゅん、とした様子でリーリエは小さな声でそう尋ねる。
 そんなリーリエを見てテオドールは盛大にため息をつく。

「本当に、リーリエはよく分からないな」

 そもそも、悩んでいたのはリーリエの事なのだ。
 政略結婚した相手に男として見られておらず、好きだと自覚したところで、今度は離婚を画策されているんだがどうしたらいいんだろうかと本人に尋ねるわけにもいかないだろう。

「で、考えた結果の晩酌、と」

「好きなことをすれば、少しは気が晴れるかなーと思ったのですよ。解決できなくても、気分転換くらいにはなるかもしれないじゃないですか」

 まぁ、失敗してしまいましたがと苦笑気味につぶやく。

「いつも、私ばかり旦那さまにもらっているから。私個人として、旦那さまに何かして差し上げたかったのです」

「……俺の方が、もらってばかりだろう」

「いえ、技術提供も旦那さまのフォローも契約内ですし。なのに、旦那さまは契約外のはずなのにいつも優しくて。私ばかり……いつも、救われて。なのに、私は……何も返せなくて……」

 私だって、何かしたいのにと俯くリーリエを見て、テオドールはぐい呑みの中身を一気に煽る。
 カタンっと小さな音を立ててテーブルに置く。 

「これは旨いな。割と好みだ」

「……後味よくて飲みやすいでしょ? 私もこれ好きなのですよ」

 にへらっと笑うリーリエを見ていたら、悩んでいた事がバカらしくなってくる。
 いつか離れるための準備をリーリエがしているのだとしても、彼女は今確かにここにいるのだから。
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