生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 お互いのぐい呑みに注ぎ合いながら酒を酌み交わす2人だけの時間がゆっくりと過ぎていく。
 リーリエも時間とともに砕けた口調に慣れたようで、普通に言い合えるようになっていた。
 リーリエの口調がいつもと違うだけで、ぐっと彼女を近くに感じる。

「……いつから、だったんだ?」

 いつもどこかで線引きをされていたそれが取り払われた今なら、聞ける気がした。

「アルカナに渡ることや商会の事も含めて、全部いつから準備していたんだ?」

 テオドールの言葉に、ふっと表情を緩めたリーリエは小首を傾げて答える。

「旦那さまの想像を遥かに超えるくらい、長い時間。私は天才じゃないから、限られた時間を活用するしかないのよ」

 ほぼ人生の大半。
 前世を思い出したあの日から、今日に至るまでずっとだ。

「なんで、俺だったんだ?」

 他にも適任はいただろうし、そもそも自分がなぜリーリエの最推しなのかが分からない。

「顔がタイプだったから」

 だが、そんなテオドールの心情など一切お構いなく、リーリエはどぎっぱり言い切る。

「……真面目に聞いているんだが」

「私だって、この上なく真面目に答えてるんだけど?」

 ぐい呑みの中身をくるくる回しながらリーリエは笑う。

「旦那さまって、誰かに恋とかした事ある?」

 恋、という単語がリーリエと結びつかなくてテオドールは眉根を寄せる。

「ふふっ、また難しい顔してる。まぁ憂い顔もかっこいいんだけどね?」

 リーリエはぐい呑みの中身を一口呑む。
 流石に少し酔ってきたかもしれないなと思い、ペースを落とす。

「私は、多分恋とかした事ないの。必要もなかった」

 誰かに思いを寄せるだけ無駄だからとリーリエは自嘲気味に吐き出す。

「私が公爵令嬢である以上、貴族の義務として誰かに嫁がなければならない。そこに個人的な感情など、入り込む余地は本来ないの。それでも我を通すなら、それを主張できるだけの責務を果たした功績がいるわ」

 例えばそれはリーリエの父のように、一国を変え、支え、担い続けられる程の、目に見えた功績。

「人生の主軸を考えた時、私の中にそんな曖昧で、不確かで、叶うかもわからない、叶ったところでいつ失うかもわからない、そんな苦くて苦しいだけの感情にリソースを割けない、と思った」

 リーリエの人生の目標は自身の破滅回避だ。

「でも、どうせ顔を突き合わせる事になるなら、タイプの顔の方がいいじゃない?」

 それが恋じゃなかったとしても。

「見てるだけで幸せとか、それで推せる相手とか控えめにいって最高でしょ?」

 だって、私の趣味って推しの鑑賞と課金だからと屈託なく笑う。

「……なんで顔知ってるんだよ」

「なーいしょ♡言えない事は、言わなくていいのでしょう?」

 前世であなたの活躍を見てたから。
 そんな事を言えるはずもないので、リーリエはぐい呑みの残りと共に喉に流した。
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