生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「孫自慢。何だかお祖父様を思い出します」

 ふふっと楽しそうにリーリエは思い出し笑いをする。

「私、お祖母様に面差しが似てるらしくて。孫の中でも1番溺愛されてたの。いつもアシュレイ家なんて捨てて養女になれって言ってたな」

「なんで養女?」

「伯爵家の方が政略結婚で嫁ぐ可能性が減るからじゃないかしら? お祖父様はいつも私を手元に置きたがっていたし」

 スキルの事もあり、いつもリーリエの事を心配してくれていた。
 敬愛できる祖父はリーリエの武術の師でもある。

「私の結婚が決まった時は怒りのあまり父に詰め寄り公爵邸の一部を破壊したし、アルカナについて来そうな勢いで止めるの大変だったんだから」

「リーリエの祖父も大概だな」

「お祖父様は少し変わってる方だから」

「リーリエの親族は変わり者しかいないのか」

 ひどい言われようだと苦笑気味に笑ったリーリエは、ついにぐい呑みを置いた。

「旦那さま、これもう2人で飲む量超えてますから。空瓶の数がやばい」

 どっちも潰れないじゃないとリーリエは白旗を上げる。
 酔うことはなくても、体に入る量には限界がある。

「そうだな。思った以上にリーリエが強かったな」

 テオドールもぐい呑みを置き、今夜はそろそろ御開きだなと悟る。

「そういえば、リーリエの母方姓は聞いた事なかったな」

 上流貴族は元々の姓に婚家の姓を追加して名乗る事の多いアルカナ王国と違い、婚家の姓で統一されることの多いカナン王国。
 そういえば知らないなとテオドールは話題のついでに尋ねる。

「言ってなかったっけ? 母の生家はマクファーレン伯爵家よ」

「マクファーレン?」

 テオドールが驚いたように聞き返す。
 あら、気づいちゃった? とリーリエはイタズラっぽく笑う。

「お祖父様の名前は、ジード・マクファーレン。カナンの英雄と言われた剣の使い手なのですよ」

 つまり私は英雄の孫娘なのとドヤ顔で語るリーリエだが、テオドールが驚いた理由は彼女が英雄の孫娘だったからではなかった。

「リーリエの祖父は、今何を?」

「さあ? 随分前に退役して家督を譲ってからは自由にされているみたいだけど。元々放浪癖のある方だし、騎士団に乱入して気まぐれに稽古つけたり、見込みのある若者を見つけては絡んだりしているんじゃないかしら?」

 基本的に自由人なのよねと懐かしそうに話すリーリエを見て、マジかとテオドールは小さくつぶやく。
 テオドールはカナンの英雄の名や歴史は知らない。
 だが。

『ジード・マクファーレン』

 テオドールはその名を忘れた事などない。
剣を握ったその人は嵐のような男だった。

「なるほど、な」

 リーリエの戦闘の型にどことなく覚えがあったのも、戦闘技術の高さも、かつて自分が師事したその人から仕込まれたものなら納得だ。

「……? なるほどって?」

 じっとリーリエを見つめてくるテオドールにきょとんとして尋ねるリーリエ。
 テオドールはリーリエの問いには答えず、盛大にため息を漏らす。
 破天荒さは祖父譲りか、と。

「……結婚式に来るのか?」

 テオドールは思案顔でリーリエにそう尋ねる。

「多分、放浪してなければ。私の結婚相手のこと八つ裂きにしてやるって言ってたから、会ったら襲われるかもよ?」

 冗談っぽくリーリエがそういうと、

「二度と負けねぇ」

 とテオドールは好戦的に言い放つ。
 二度と? と眉根を顰めるリーリエの頭を軽くポンと叩く。
 孫娘の自慢はあながち誇張ではなかったらしい。
 それはゲームのシナリオの外、リーリエが知らないテオドールの空白の物語。
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