生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

63.生贄姫は魔術師を語る。

 闘技場内に残ったのは2人。
 リーリエとラビ。残りの人間はシールドがかかった客席に移動した。
 リーリエは軽く伸びと準備運動をする。
が、その途中でラビから短い詠唱が響く。

「”ブレードロック”」

 リーリエは飛んできた大岩の塊を全て避けきり、あたりを見る。
 周辺の地面がかなりの面積でえぐれていた。

「へー魔力のごり押しで詠唱短縮。なるほど、流石攻撃特化型」

「ははっ、いつまで避けられるかしらっ?」

 ラビからの攻撃は複数に及ぶ。
 彼女がタクトの様に黒の杖を振れば、短い詠唱と共に鋭利な物体がリーリエ目がけて飛んでくる。
 岩、氷の矢、雷の矢、大木。
 飛んでくるものは様々だが、それらは一瞬で形作られリーリエを追う。
 時には地面から植物が生え、リーリエの足をつかもうと逃げ惑うリーリエの行く手を阻む。

「ちっ、ちょこまかちょこまかと」

 リーリエは風魔法で自身の脚力を強化。
 スピードを加速させ、闘技場内をひたすら逃げ続ける。
 そして逃げながら、リーリエは小さく術式が編み込まれた魔法陣をいくつもいくつも撒きながら無詠唱で起動していく。

「”紅蓮大炎爆”」

 ラビから放たれたすさまじい炎の渦があたりを焼き尽くしながら、爆発を起こす。
 リーリエは立ち止まって手をかざし、無詠唱で風の防護壁を築きあげ、それを消し飛ばす。

「やっと止まったわね、犬っころ」

「ええ、もう動き回る必要もありませんので」

「……? 何、コレ?」

 リーリエが築いた防護壁が消えると同時に風が駆け抜け、あたりに黒い粉が舞う。

「コーヒー。私、朝はミルクたっぷりのコーヒーを飲むのがお気に入りなの」

 リーリエは小首をかしげて、指を振る。

「起動」

 走り回っていた間にリーリエが仕掛けた魔術式が一気に浮かび上がる。
 それはぐるりとラビの周りを取り囲んでいた。

「さて、科学の問題です。材料はコーヒーのような細かい粉塵、風で囲んだシールド内に満ちた沢山の酸素、水魔法で編んだレンズで作った火種。果たしてこれで何ができるでしょうか?」

 それらの組み合わせでできるものを連想し、ラビは恐怖する。

”粉塵爆弾”

 リーリエの手にはいつの間にか小さな火種が浮かんでいた。

「しまっ」

「さようなら、ヒヨコちゃん?」

 キレイに微笑んだリーリエが一気にラビを囲むシールドに距離を詰める。
 逃げ場のない防護壁に囲まれた透明の小部屋で今から起こることを想像し、ラビは目を閉じた。
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