生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「どっかーん」

 リーリエの掛け声とともに、ビシャーっとラビの頭上に大量の水が降ってきて、彼女は一瞬で全身びしょ濡れになった。

「なーんてね。お水、お返しいたします。資源は大切に、ね?」

 防護壁を消し去ったリーリエは転がっていた黒い杖を拾う。

「明らかにあなたの負けだと思うけど、まだやる? 次は本当に爆発させるけど」

 ぎりりと歯を食いしばって睨みつけてくるラビにリーリエは杖を向ける。

「こんな、こんなやり方! 実践じゃ通用しない」

「そうかもね。でもここは戦場じゃないし、私は魔術師が何たるかを示しただけです。実際、あなたは私の行動の意味に気づかなかったでしょう?」

 リーリエはしゃがみこんでラビと目を合わせる。

「ただ、あなたを殺すだけなら方法なんていくらでもあるの。例えば、水魔法で肺に水をためて溺死。風魔法で空気調整を行って窒息死。血液濃度や循環量をいじって脳血管を破裂させたり、心臓に血液の塊を作って梗塞させるって手もあるわ」

 淡々とそう話すリーリエにラビは恐怖を覚える。

「あなたは一度でも考えたかしら? 自分が見下した”魔術師”とは何者であるのか」

 リーリエは杖で目をそらそうとしたラビのあごを持ち上げ、ラビにされたように顎クイをし、視線をあげさせる。

「高火力でなければ爆発なんて起こせない? 否。高度な魔法が使えなければ戦えない? 否。魔術式しか編まない研究者は虫すら殺せない人畜無害な連中のはずだ? 否」

 リーリエはふっと殺伐とした雰囲気を和らげ、顎から杖を離す。

「できないんじゃないの、やらないの。魔術師が魔術式を編むのは誰かを害するためじゃない。少しでも、誰かの日常が平穏なものであるように、暮らしを豊かにするために式を編むの。少なくとも私はそうでありたいと思っている」

 リーリエは杖をひっくり返し、ラビに差し出す。

「互いを知りもしないで、肩書きだけで排除してしまうのは勿体無いと思わない? 自分で言うのもなんだけど、私かなり利用価値高いわよ?」

 ラビは大人しく杖を受け取って立ち上がる。

「…………参り、ました」

 とても不服そうに、それでも確かに彼女は敗北宣言を述べた。

「そう? じゃあ約束通り旦那さまへの発言の撤回と謝罪をして頂こうかしら。ああ、もちろん二度目はないから」

 リーリエはそうきっちり釘をさし、魔導師との対決は幕引きとなった。
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