生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

65.生贄姫は教えを乞う。

「それで、リリのご用……何?」

 フィオナは3杯目のミルクティをくるくるかき混ぜながらそう聞いた。
 リーリエは紙の上にサラサラっと魔法陣を描き出す。

「フィーはこの字読めます?」

「古代文字。大分昔のスペル、術者の名前」

 フィオナは指された文字をさらっと読み解く。

「"ヘレナート"は、かつての大賢者? 呪術、複合型……見た事ない、編み方してる」

 魔法陣をなぞりながら、フィオナはつぶやくように言う。

「まるで、子どものラクガキ。だけど、コレ……は……願い?」

 誰の、何の願いかはわからないけれど。
そう言ってフィオナは魔法陣から目を離す。

「単刀直入に、お願いいたします。この時代に関する魔導師の"知の書"閲覧させていただけませんか?」

 リーリエは端的に今回の謁見目的を告げる。

「はぁ?」

「何をふざけたことを!!」

 フィオナの後ろに控えていたエミリアとサーシャが同時に口を開く。
 フィオナはそれを片手をあげて制し、変わらぬ口調でリーリエに尋ねる。

「目的、把握。でも魔導師の”知識”非公開。知っているはず。でもリリは来た。魔導師へ知識を乞うこと、魔術師として恥ずべき行為。両者から罵られること分かっていて、頭を下げてまで、何を知りたい?」

「魔術師と魔導師。流派や主義の違いでこの二つは道を分かちましたが、源流は同じであったはずなのです」

 とんっと魔法陣に書かれた古代文字を指さし、リーリエはそういう。

「魔術師側にないのなら、魔導師側にあるかもしれない。その”可能性”が欲しいのです」

 フィオナは翡翠色の瞳を覗く。

「そもそも、私は”魔術師”だの”魔導師”だのの枠組みに興味はありません。ただ、私の”魔術師”としての矜持として、私の作る魔術式で作られる魔道具で”人を害することはしない”と決めているだけ。己に降りかかる火の粉であれば、私だって払います」

 リーリエは戦闘特化型ではない。
 それでも必要があれば、どんな手段でも人を害することはいとわない。

「”魔法を人殺しの道具に使うだなんて、神への冒涜だ”などときれいごとを言うつもりもありません」

 戦闘特化型で攻撃的な魔法を駆使することの多い魔導師。
 その表面だけを見て、そう貶める魔術師が少なくないことは動かしようのない事実だ。
 そうして歴史の中で両者の間に深い溝ができていったことも、理解している。

「私が今後一般公開する魔術式に”魔導師の知識”を組み込むことは致しません。担保として制約で縛っていただいて構いません」

 リーリエは深く頭を下げる。

「どうか、私に”知識”をお貸しください」

 ためらうことなくそうするリーリエを見つめて、エリアナとサーシャは息をのむ。
 立場のある魔術師が、魔導師に教えを請い頭を下げる。
 それは魔術師が最も尊ぶ”知識”の分野で魔導師に敗北したことを宣言するに等しい行為だからだ。
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