生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「リーリエ、お前は本当に人の話を聞かないな」

 背筋が凍る程冷たく低い声。
 リーリエは背後に感じるテオドールの殺気に呼吸を忘れそうになる。
 背を取られてはいけないと、本能的に振り返る。

"死神は眼力だけで人を殺せる"

 その一文が思い起こされるほどにテオドールから放たれる凄まじい殺気と怒気と威圧。
 戦場でないはずのココで、リーリエは一瞬にして恐怖に絡め取られる。
 静かにゆっくりと近いてくるテオドールから逃げ出したいのに、リーリエの足は一切動かない。
 テオドールがすぐそばまで来ても目を逸らす事もできず、リーリエの硬直した指からペンが落ちる。

"狩るものと狩られるもの"

 カテゴリーで分けるとしたら、今の2人の関係は正しくそうなのだろう。

『死……ぬ』

 リーリエはせめてもの抵抗で目を閉じた。
 が、リーリエに訪れたのは"死"ではなかった。

「〜〜〜〜っんー」

 柔らかな感触と共にリーリエは唇を塞がれ、息ができなくなる。
 いきなりの事でわけが分からず、抵抗しようともがく。
 が、しっかり押さえつけられ逃げる事は叶わず、抵抗する度にそれは深くなっていく。
 酸素を求めて開いた唇の隙間からテオドールの舌が入りリーリエの口内を激しく犯していく。

「ふっ、ん……あっ……んん」

 舌を絡め取られ、撫でられ、深くなっていくたびにリーリエから力が抜けて行く。

「はぁ、んっ……」

 リーリエの力が抜けていく度にテオドールからの口付けは優しいものに変わっていく。
 完全にリーリエから力が抜けて、くたっとテオドールに身体を預けるように大人しくなって、ようやく唇が離された。

「な……ん……?」

 すっかり力が抜け、涙目になりながらぐったりとテオドールに身を預けるリーリエは言葉を紡ぐこともできず、今自身に起きた事が理解できずぐるぐると疑問符だけが駆けめぐる。
 リーリエは混乱しながら、テオドールの方に顔を向ける。

「ようやく、こっちを見たな」

 と、心配そうに見つめてくる青と金の瞳と目が合った。

「今日は、もうペンを持つことを禁止する。とりあえず、行くか」

 抵抗も反論も抗議もできなくなったリーリエを大事そうに抱え上げたテオドールは、そう言って研究室を後にした。
< 145 / 276 >

この作品をシェア

pagetop