生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「知らなかったのなら、これから知ればいい。無いものを、数えるな。有るものを組み合わせろ。足りないのならよそから持ってこい。武器を増やせ。経験を積め。一人でなんでもできると驕るな。自分で歩いた道の後ろに、魔術師としての可能性が広がるんだ。好奇心を持てないのなら魔術師を名乗るな、バカ弟子が」

 ぽつり、ぽつりとリーリエは言葉を落とす。

「劣等種のレッテルを貼られた私が魔術師になりたいと言ったとき、ただ一人真剣に向き合ってくれた私の魔術師としての師の名前。それがアリスティア・アシュレイ。私がこの世で最も尊敬する魔術師の名です」

 今の自分を見たら、彼女はなんと言うだろうとリーリエは苦笑する。
 きっとまた一人で抱えるなバカ弟子がと鉄拳を落とされるに違いない。

「父と母の婚姻は周りに望まれたものではなく、高魔力保持者の父と魔力耐性ゼロである母の間にあった常識は共通のものではありませんでした」

 アシュレイ公爵家はカナン王国において序列1位、王家の血筋も入っている由緒ある名家だ。
 その公爵家が魔力を保持するための義務ともいえる政略結婚をしなかった父が愛したその人は、魔術師や魔法とは縁のないところで生きてきた魔力のない母だった。
 リーリエの母は語らない。だが、どれほど苦労しただろう?
 魔術師の名家で誰にも望まれず、魔力もなく、今までの常識軸とは違うところで公爵夫人として立つことは。

「母は、人前で弱音を吐くタイプではありません。そして父は自らが選んだ結婚の代償を払うことに忙しかった。だから、二人はすれ違っていることにすら気づかなかった」

 リーリエはゆっくりと目を開ける。
 テオドールを見つめる翡翠色の瞳は、自らの出自を語る。

「本来取るべき対策を取らず、気づいたときには手遅れで、そうして母親を魔力で殺す寸前で生まれてきてしまった娘。それが、私です」

 母は、高魔力保持者と魔力耐性のないものが子を成すときに対策が必要など知らなかった。今までそんな世界で生きていないのだから知るはずがなかった。
 そして父にとってそれは、あまりに当たり前のことで、母が知らないということを知らなかったのだ。

「不幸中の幸いは、娘の魔力保有量が極端に少なかったこと。とはいえ、母は産後半年ほど口を開くことさえできないほど衰弱していたそうですが」

 魔力保有量が少ないと一目で分かる翡翠色の瞳。おかげで母を殺さずに済んだのだから、リーリエはこの色味を嫌いになることはできない。

「3つにもなれば、嫌でも耳に入ってくる。ごく近しい家族を除き、公爵家の令嬢として望まれていない存在なんだって」

 テオドールは目を伏せる。
 嫌というほど身に覚えのある話にリーリエもそうだったのか、と妙に腑に落ちた。
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