生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「今回妃殿下が描かれ魔術式を編んだ魔法陣”魔法効果添付転送”その存在、我々は一切聞かされておりませんが? 魔導師どもにくれてやるには随分と惜しいものだ、と」

「おかしなことをおっしゃるのですね? 私の身柄はテオドール殿下に一任されており、その能力、知識、技術の提供の可否を含めた全ての権限はテオドール殿下がお持ちです。そのことはアルカナ王国全権代理者であるルイス王太子の命で通達されているはずですが」

 リーリエは淑女の笑みを浮かべたまま一切動じることなくそう言い切る。
 カナン王国からの技術提供。アルカナ王国が軍事面での安全保障を開始して以降それ自体は今も滞りなくアルカナ王国行われている。
 だが、リーリエ個人による”魔術師としての支援”は想定していなかったはずだ。
 リーリエは今までカナン王国において”リーリエ個人”として表だった功績はほとんど残しておらず、血筋だけで選ばれた”人質”としてしか認識されていなかったのだから。

「我が旦那さまは第二騎士団の隊長。今回の合同演習においても責任者の一人です。大魔導師様とも懇意のようですし、その旦那さまからのご命令で、騎士団の合同演習が円滑に行われるために私が魔術式を描いて提供することに、一体何の問題があるのでしょうか?」

 魔術師としての技術を独占したいあなたたちにとっては問題しかないでしょうね? と翡翠色の目が語る。
 あからさまな挑発に後ろに控えていた魔術師たちがざわめくが、グラハムが片手をあげて制す。

「妃殿下、まさか魔術師と魔導師の諍いについて知らないわけでもありますまい」

「ええ。ですが、私にはそのような政治的なしがらみなど関係のないお話ですから。素晴らしいですよね。普通冒険者などフリーランスで身を立てることの多い魔導師が、国に身分を保証されて仕える制度など、祖国にはありませんでしたわ」

 魔導師の騎士団入りは全てルイスが導入したのだ。
 魔法技術を魔術省から引き出せない対抗策の一つとして。

「妃殿下はあくまで魔術省を蔑ろにするおつもりだ、と?」

「まさか。私のような他国出身の何の権限も与えられていない後ろ盾も乏しい名ばかりの妃殿下に一体どうやって魔術省を害することができましょう? 私の技術提供など大したものではございません。あくまでもテオドール殿下の権限の範囲内、ですわ」

 涼しい顔をしていたグラハムの顔がやや歪む。力を持たなかったはずの第3王子に押し付けられた生贄姫がアルカナ王国では未知の技術を持っている。それだけで十分脅威だ。
< 167 / 276 >

この作品をシェア

pagetop