生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……妃殿下、魔術省へ来られませんか? ポストと後ろ盾を用意いたします。あなたの技術はもっと上で使われるべきだ」

 まだルイスの権限が届いていない魔術省に食い込める。話としては悪くないかもしれない。
 ふっとリーリエは相好を崩す。

「魔術師としてのポストに後ろ盾。素敵ですね。ですが、グラハム様。あなたに第3王子であるテオドール殿下より高い権限がある、などと世迷いごとをおっしゃるおつもりではございませんよね?」

 グラハムは言葉に表せない威圧感に息をのむ。
 こんなに人を制圧し、飲み込むほどの迫力が、たった18の小娘に備わっているものだろうか、と。

「私に魔術省に下れと申されるなら、それ相応の」

「そのくらいにしてやってはもらえないか?」

 リーリエの後ろから柔らかく優し気な声がして、リーリエは言葉を止める。
 グラハムとその従者たちはいっせいに膝をつき頭を垂れた。
 リーリエは声のする方に向き直り、淑女らしく頭を垂れる。

「頭をあげてくれるかな? うちの者が急に絡んでごめんね」

 リーリエは許可を得て顔をあげ、淑女らしく礼をする。

「アルカナ王国の若き星、レオンハルト様にご挨拶申し上げます。お初にお目にかかります、第3皇子妃、リーリエと申し上げます」

「よく、僕がレオンハルトだって分かったね」

 レオンハルト・ノワール・アルカナ。
 この国の第2王子。そして、彼が表に出てくる機会はめったにない。
 姿絵さえほとんど表に出回らないが、魔術師であればその名を聞いたことがないものなど皆無だろう。
 それほどに彼の描く術式の痕跡は色濃い。実際に対峙してみてリーリエも体感する。あまりに”格”が違う、と。

「宮廷魔術師長であるグラハム様たちが傅く相手など、レオンハルト殿下以外おられないでしょう。それに、先ほどうちの者とおっしゃいましたので」

 にこっと微笑むレオンハルトの姿に目が惹かれる。
 菫色の髪に茶色味がかった黄色の目。中性的な整った顔立ちと柔らかい物腰。
 初対面であるはずなのにリーリエはどこかで見たことがあるような既視感に囚われる。

「お前たちも、うちの義妹をいじめないでくれないか? 初対面なのに、印象が悪くなってしまうじゃないか」

「出過ぎた真似をいたしました。レオンハルト様」

「全員下がれ。近づくことは許可しない」

「御意」

 全員を退散させ、その場にはレオンハルトとリーリエだけが残る。

「少し、向こうで話そうか? 会いたかったよ。ずっと」

 その儚げな微笑みは、とてもきれいで、なぜか胸騒ぎがする。
 ついていってはいけないと本能が警告するのに、抗うことができない何かを感じる。
 リーリエはふっと息を吐くように笑って、緊張が伝わらないように表情を緩める。

「私も、とてもお会いしたいと思っておりました」

 いずれ引っ張りたいと思っていた目的の人物。今日を選んでわざわざ向こうから会いに来てくれたのなら、今を逃してはいけないのだろう。
 リーリエは笑ってレオンハルトについていく事にした。
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