生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

80.生贄姫は気にかけられる。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「本当、リーリエ妃ってすごい人なんですね」

 ゼノは自分のステータス画面を見ながらすげぇなと何度もつぶやく。
 リーリエの編んだ魔術式が組み込まれたステータス画面には現在の状態が記されている。
 演習開始時間前に一斉に送られてきた幻聴、幻視、睡魔ブロックの魔法が夢魔対策として騎士団員にかけられていることが表示されていた。
 この魔術式はリーリエが作ったものだということも、それを第一騎士団大魔導師に提供した事も公に公開済み。

「こんなことしちゃったら、今頃リーリエ妃魔術省の連中に絡まれてるじゃないんですか?」

「……だろうな」

『表に出て来ないなら、会いに行けばいいのですよ』

 と、リーリエは当たり前のようにそう言って難癖をつけられる事を想定し、情報を公開した。魔術省にケンカを売りたいと言ったリーリエを止める魔導師は誰もおらず、むしろ嬉々として応援されたのだから魔導師と魔術省の因縁もだいぶ根深いのだろう。

「たいちょー、いいんすか?助けに行かなくて」

「アレがそれを許してくれる女に見えるか?」

「断られたんですね。リーリエ妃カッコ良すぎません?」

 さっすがぁーと軽口を叩くゼノをチラッと見やったテオドールは、自身の手首に視線を落とす。彼女の瞳と同じ翡翠色の組紐。

「ゼノ」

「先駆けと周辺の鬱陶しい視線の始末、隊長に任せていいですか? 殿は俺が務めます」

 テオドールが言葉にするより早く、ゼノはそういう。

「合同演習ってもともと観客ありきですけど、可愛い令嬢の黄色い歓声ならともかく、野郎の殺気だった視線じゃ俺テンション上がんねぇすわ。隊長モテすぎでしょ」

 周辺にぐるりと視線をやったゼノは声を顰めてそう話す。かなり遠くからテオドールに向けられているいくつもの殺気に気づいているのはおそらくテオドールとゼノだけだろう。

「隊長、今自分がどんな顔してるか知ってます? 全員喰い殺しそうですよ。それに途中で邪魔が入ったら、足の早い夢魔は生捕りどころか討伐すら危うい。これじゃ第二騎士団演習になんないじゃないですか」

 苦笑気味にそう言ったゼノは前方の遠目にチラッとだけ確認できる夢魔の群を見遣る。

「指示出しと取りこぼしの処理なら俺がいれば事足ります。どーせ、全権代理から別ミッションも出てるんでしょ? あの人隊長のこと困らせるの大好きだし」

 今回参加の隊員達の配置と役割分担は既に済ませている。コンディションも悪くない。

「ってわけで、役割分担しませんかっていう提案なんですが、どうです?」

 効率的に仕事終わらせたら、リーリエ妃のとこも行けるでしょと揶揄うように顔を覗き込んでくるゼノに、テオドールはため息を漏らす。

「こっちは頼んだ。対人戦は俺がやる」

「先駆けで間違って亜種狩らないでくださいよ?」

「夜目は効く方だ。嵐になる前に終わらせるぞ」

 遠目に雷雲が見え、湿気を伴った重い空気が絡みつく。
 リーリエの件がなくとも早く終わらせたい天候だ。

「全員に言っとけ。今回の仕事完遂して報告書上げたら、打ち上げ行くぞって」

「当然隊長の奢りですよねー! 俺行きたい店あったんすよ。うわぁ、テンション上がって来たーー」

 にへらっと笑ったゼノは、親指を立てて了承を伝える。

「時間ですね。それじゃ、はじめましょうか?」

 先程までとは違い、すっと雰囲気を引き締めたゼノは真剣な声音でそう告げた。
< 169 / 276 >

この作品をシェア

pagetop