生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「僕は、その人であるために必要なものってシンプルに"記憶"だと思うんだ。肉体はその入れ物に過ぎない。まぁ相性はあるけどね」

「それとこの状況の繋がりが全く見えませんが」

 妃殿下の身分を持っていても、格上の王族に傷をつけたら流石に不敬罪だなと思いつつ、リーリエは武器を手に取る。
 相手は魔術師。魔力でごり押しされたらどうやっても勝ち目がないなと逃げる方向で舵を切ることに決めた。
 だが、できればひとつでも情報を持ち帰りたい。

「レオンハルト殿下、あなたは一体何者ですか?」

「僕、ルカには自分で思い出して欲しいんだけどなぁ。その人格が邪魔だよねー」

「ルカ、という方に覚えが全くございませんが、まるで運命の相手のように語られますね?」

「運命? あはっ、運命だって? それはキミが一番信じていないモノでしょう?」

 レオンハルトはあはははっと心底おかしそうに腹を抱えて笑うと笑顔のままで大鎌を構える。
 撫でるようにそっと空を切っただけなのに、凄まじい威力の突風が発生し、リーリエを吹き飛ばす。

「沢山の偶然と必然が絡み合うその中に、人為的な出来事をどれくらい織り交ぜただろう?」

 リーリエは連続的に放たれる突風の威力に押されながらも、風の流れを読み空中で空壁を無詠唱で出現させ蹴り飛びながら攻撃から逃げる。

「例えば、キミの父親が母親を選んだのは、必然? 例えば、母親が身籠るタイミングで家に帰れなかったのは偶然? 例えば、キミが翡翠色の瞳である事は運命?」

「何を、言っているのですか!?」

 何故、今対峙しているこの人を見て、思い出すのだろう? とリーリエは頭をよぎる文面に首を振る。

「ねぇ、キミは今何周目の夢を見ているの?」

 攻撃の有効範囲を見極めたリーリエは突風を突破し、木の上に立つが、今度はその木を薙ぎ倒される。
 木の倒れる音と共に地面に着地したリーリエの鼻先に水滴が触れる。

「ねぇ、刺殺、銃殺、毒殺、絞殺一体どれが良かった? 断頭台に上がるってどんな気持ち?」

 一粒一粒ゆっくり雨粒が落ちてくる。
 それはあっという間に勢いを増し、向かい合う両者を濡らしていく。

「いい加減、手放してくれないかなぁ? それは、ルカのために用意した入れ物なんだよ?」

 小首を傾げ、楽しそうに話すその姿はまるで子どもの様で。

「……ヘレナート・プラッター」

 リーリエは、導き出した答えを口にする。
 子どもの様に”純粋”で。
 子どもの様に”単純”で。
 子どもの様に”残酷”だった、かつての大賢者。

「ああ、やっと思い出した?」

 とても嬉しそう笑うその人は、

「ねぇ、ルカ! 今度はきっと上手くいくから、また遊ぼうよ」

 とても無邪気にそう言った。
< 171 / 276 >

この作品をシェア

pagetop