生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……よく、分かりました」

 翡翠色の瞳を伏せ、悔しそうに顔を歪めるリーリエに満足したように笑って、リーリエに触れられるほど近くまで来たヘレナートは大鎌を肩にかけ、片手をリーリエの左鎖骨下の魔法陣に当てると、そのまま高濃度に圧縮した魔力を流し込む。

「呪術反転、燃えろ」

 身体を貫かれるような痛みと共に呪術が魔力で焼かれて行くのが分かる。
 リーリエは痛みを奥歯を噛んで耐えながら、ヘレナートの腕を掴む。

「捕まえ、た」

「!?」

 リーリエがそう言ったと同時に、細く長い水の糸がいくつも出現し、一瞬にしてヘレナートが持っていた大鎌が分断されあたりに散らばる。
 リーリエに腕を掴まれ逃げそびれ、その衝撃をもろに受けたヘレナートの手首があり得ない方向に曲がる。

「利き手と武器を潰させて頂きました。これでもう大鎌は使えませんね」

「あははっ! おっもしろ〜い。コレ、なんて言うの?」

 痛みなど感じていないかのように好奇心を優先させるヘレナートに、そのまま腕を引いてヘレナートの胴体に蹴り技を決め距離を取ったリーリエは、呆れたように答える。

「ウォーターカッター。今日が雨でよかった。水を生成しなくて済みますから」

 前世で見た流水速度を加速させる事で刃物のように分断し、水流の当たった部分を吹き飛ばすウォータージェット技術。
 いつか使うかもしれないと仕込んでおいてよかったとリーリエは内心でつぶやく。

「……今の、脚技は効いた」

「物理攻撃が有効の生身のようで、大変安心いたしました」

 雨で張り付く蜂蜜色の髪をかき揚げ、

「私、脚技には少々自信がありますの。旦那さまのお墨付きですよ」

 リーリエは笑ってそう言った。

「旦那……さま? ああ、あの……ギフティ」

 リーリエからの蹴りがよほど効いたらしく、無事な方の腕で腹部を押さえ吐き出すようにそう言った。

「アレも、興味深いよね」

「あげませんよ。あの人は、私の最推しなんで」

「へぇ、じゃあアレを魅了したら、キミはどうなるのかなぁ」

 ヘレナートは痛みに耐えながら歪んだ笑顔を浮かべる。
 そんな彼を見ながらリーリエは状況を確認する。もう、魔力の残りは少ないし、手持ちで有効の攻撃ももうない。
 ヘレナートの魔力をもろに受けた身体は頭痛と吐き気で朦朧とし逃げるのは難しいし、何よりヘレナートがテオドールに興味を持ってしまった。
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