生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
「……最近、ようやく色んな顔をしてくれるようになったのですよ」

 リーリエは絞り出すように言葉を紡ぐ。
 目を閉じて思い浮かぶのは、画面の向こうの推しではなく、この国に来て出会ったテオドールの姿。
 出会った時は、好感度最悪で。
 いつも、いつも、避けられて。
 どうやったら、テオドールが笑ってくれるのだろうって、いつも考えていた気がする。

「私、推し活を害されるのが一番我慢なりませんの」

 そんなテオドールから沢山の思い出と、真っ直ぐな気持ちを向けてもらった。

「旦那さまの、私の最愛の推しの平穏を脅かす相手は見逃せませんね」

 儚い、夢だったとしても。
 もう、隣にいる事が叶わなかったとしても。

「私はリーリエ・アシュレイ・アルカナです。記憶の入れ物? ふざけるな。私は、何一つ、手放すつもりはありません!」

 最期の瞬間まで、テオドールの妻でいることを選びたい。
 全力で足掻くことを決めた翡翠色の瞳には強い意志が宿っていた。

「なるほど、その"推し"って奴がキミをそこに引き留めるのか」

 対峙するヘレナートは興味深そうに笑って、

「じゃあ、どちらの願いが、夢が勝つのか、実験をしよう♪」

 空中に浮いている魔法陣に魔力を注ぐ。

『無茶はしてくれるなよ、リーリエ』

 ごめんなさい、とリーリエは心の中で詫びる。

「"スキル封印解除"」

 リーリエは意識を集中させる。
 大嫌いなこのスキル。コレでヘレナートを害したら、暗殺者なんて間違いなく断頭台コースだろう。
 それでも、構わない。
 スキル発動のためのスペルを唱えようとして口を開いたリーリエの頭上にばさっと、何かが落ちて来た。

「!?」

 リーリエの集中が途切れ、スキル発動は不発に終わる。

「それは今後使わせないって言っただろうが。本当に、俺の妻は話を聞かない」

 聞きなれた声が落ちてきて、リーリエは目を見開く。

「冷えるから着とけ。まぁ、俺の上着も濡れてるけど、ないよりはマシだろ」

 頭に被せられたそれを取れば、黒髪と見慣れた背中が目に入る。
 今一番リーリエが会いたかったその人、テオドールがそこにいた。
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