生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 テオドールがリーリエを抱えて向かった先は騎士団の研究棟で、異常状態ブロックの魔法転送のために一人残っていたフィオナが迎え入れてくれた。

「リリ、落ち着いてよかった。魔力酔いは、体に毒」

 ヘレナートの魔力を直に受けたため、許容量を大幅に超えてしまったリーリエは魔力酔いによる頭痛と吐き気に襲われていた。
 幸いフィオナが処置してくれたおかげで今は落ち着き、眠っている。このまま安静にしていれば問題ないと聞き、仮眠室で眠っているリーリエの側でテオドールはようやく安心したように息を吐く。

「世話かけたな」

「クロもう行って、いいよ? 服、血まみれ」

 フィオナはミルクティを飲みながら、テオドールにそう勧める。

「乾かしたからいい」

 フィオナに退出を促されても、テオドールはベッド側の椅子から離れずリーリエから視線を離さない。

「リリ、血まみれ驚く」

「返り血だから問題ねぇよ」

「普通に問題ある。クロの感覚おかしい」

 はぁ、とこれ見よがしにため息をついて見せるフィオナに、

「ロリババアに感覚説かれてもな。あとリーリエの着替え、他の服なかったのかよ」

 若干いらだったように言い返すテオドール。

「クロ文句多い。”かわいい”はサービス。むしろご褒美? 意識するクロやらしー。フィー子どもだからわかんないー」

 ローテンションでそう言って、何がダメ? と小首をかしげるフィオナを見てテオドールの額に青筋が浮かぶ。
 フィオナの言動は分かっていて狙ってやっているだけに腹立たしい。

「やかましい。あとお前おおよその年齢割れてるからな!?」

「フィーは永遠の14歳。魔力全振り」

「大魔導師の魔力の無駄遣いが過ぎる」

 ちっと舌打ちするが、助けてもらっているだけにあまり強く言えずテオドールはいろいろと諦めた。
 フィオナは椅子に腰かけるテオドールに近づくとまるで小さな子供でも扱うかのように頭を撫でて、

「フィーのこと、頼ってくれて嬉しい。良き、良き」

 と微笑ましそうにそういった。

「とりあえずリリ安心。クロ、退場命令」

「……ここにいる。目、覚ましたら連れて帰る」

 朝あんなふうに話したリーリエが、今傷だらけで意識を失っているという状況が怖かった。
 もし、このまま目を覚さなかったら、そんな考えが頭を過ぎる。
 ”死”はいつでも自分のすぐそばにあって、さっき話していた人間が血まみれで横たわっていることなんて日常茶飯事だったはずなのに、リーリエがあまりに当たり前に平穏な毎日をくれるから忘れかけていた。
 当たり前に明日が続くなんて、そんな保障どこにもないということを。

「クロ、顔怖い。リリ、起きたらきっと悲しむ」

「生まれつきこの顔だ」

 フィオナは丸めたリーフレットでべしっとテオドールの頭を叩くと、

「今のクロ、最高にダサい」

 とばっさり言い切る。

「女の子に心配かけたらめっ、でしょ!?」

 そのままポコポコとリーフレットで叩き続ける。

「心配、は自分の事できて初めてしていい権利。人に心配させる顔で、格好で、居座られても迷惑」

 ひとしきり叩くとびしっとリーフレットをテオドールに向けて、

「クロには、クロの役目、ある……でしょ?」

 小首を傾げてそう言った。

「信頼、裏切らないであげて」

 フィオナはテオドールの手首に巻かれている翡翠色の組紐を指す。

「フィーは、可愛い子の味方だから、大丈夫」

 ぐっと親指を立ててそう言われ、テオドールはため息をつく。
 ああ、本当に情け無い。きっと今の自分を見たら、またリーリエに解釈違いなどと怒られるに違いない。

「……全くだ」

 自分らしくなく落ち込んで、立ち止まってはいられない。
 時間は有限だ。

「任せた。後で迎えに来るから」

 テオドールは立ち上がる。
 この翡翠色の瞳が再び開かれるまでに、やるべき事を成すために。
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