生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する
 リーリエは身体の感覚を一つずつ確認し、よしと自分に合格を出す。
 酷い魔力酔いが落ち着き、元通りに身体と魔法を使いこなせる様になるまで、ひと月かかった。

「大丈夫そうか?」

 リーリエのリハビリに毎日付き合っているテオドールは、心配そうに彼女を見つめる。

「はぁぁ、旦那さま今日も顔がいい。ちょっと伏し目がちに憂いを帯びているあたりがポイント高いですね! ついでに東国風のコスプレとかしてみてくれたら私のやる気メーター爆上がりですね」

「ハイハイ。全快したようで何よりだ」

「旦那さまのスルースキルが上がり過ぎていて、私ちょっと悲しいですよ!?」

「……四六時中言われれば嫌でも上がる」

 俺にどんな反応求めてるんだと呆れたような視線を寄越すテオドールを見て、リーリエは満足気に頷く。

「やっぱり、推しは鑑賞して愛でるに限ります」

 誰かカメラとビデオ開発してくれないかなーと内心でつぶやきつつ、今日の穏やかな一日の始まりに感謝する。

「リィ、そろそろ時間だ。少し、散歩しながら戻るか」

 そんなリーリエを楽しそうに眺めながら、テオドールは手を差し出す。

「はい、喜んで」

 リーリエは差し出された手を取り、しっかり手を繋いで歩き出す。
 リーリエの"推しは鑑賞して愛でる派"は健在なのだが、テオドールに"リィ"と呼ばれた時だけは彼の家族として向き合う。それが2人の暗黙のルールとなっていた。

「今日も遅くなるから、こっちには戻れない」

「テオ様、無理して毎朝私に付き合わなくてもいいのですよ?」

 合同演習以降、その後処理に追われているようでテオドールの忙しさに拍車がかかっていた。
 それでも以前よりはきちんと休みは取っているし、こうして毎朝会いに来てくれるのだが、無理をさせているようでリーリエは申し訳なさがつのる。

「俺がやりたくてやってるから気にするな」

 テオドールの声音が優しくて、穏やかで、大事にされているのが分かりリーリエは嬉しそうに微笑んだ。

「それに会いに来ないと、リィはすぐ無理をする」

「私より、テオ様の方がずっと無茶をされているではないですか? やんちゃが過ぎるとまた喧嘩をふっかけられますよ」

「返り討ちにするから問題ない」

「お前が言うな、と言われるのを承知で言いますが、もうその発言が問題しかない」

 ふふっと笑いながらリーリエは歩みを進める。あっという間に短い散歩が終わり、屋敷が見えて来た。
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