生贄姫は隣国の死神王子と送る平穏な毎日を所望する

87.生贄姫は知識を欲する。

 魔導師の知識、その近代の研究成果はほとんどが攻撃的な魔法や戦術に特化したものが多かったが、古い年代に遡る度に夢物語の様な研究の残骸に行き当たる。

「記憶の、定着……と交換。転生、転移……異界、世界の狭間? ……魅了、生成術。錬金……違うなぁ」

 ぶつぶつとつぶやきながら、リーリエはあらゆる可能性を模索して、見た事のない知識を漁る。

「ルカ……願い、誰か? 入れ物、不老不死。……真理、うーん、ないな」

 リーリエはため息をついて、うずたかく積み上げられた知識の山を見上げる。
 その研究記録の多さは圧巻で、まるで宝探しをしている気分になる。
 実家や王城の魔術師の記録書庫の内容と併せて検証や研究ができればさぞ面白いだろうが、今はそれどころでは無いので興味を惹かれる内容を流し読み状態なのが少し残念な気がした。

「古代……文字。こんなところにも」

 目についた文献を手に取ろうとして届かずリーリエは踏み台に乗って背伸びをする。
 あと少し、と指先が触れず困っていたところで、

「……これか?」

 と背後から声がしてリーリエは台から足を踏み外しバランスを崩す。だが、床に倒れることはなく、その身体は難なく受け止められていた。

「リーリエ、怪我は?」

「大丈夫です。旦那さま、ありがとうございます」

 リーリエはテオドールの方を向き改めて礼を言う。
 もう迎えが来てしまったかと少し残念そうな顔をするリーリエに本を渡しながら、

「不満そうだな、リィ?」

 と、低い声が落ちてくる。

「いえ、そんな事は。あと旦那さま、外ではその呼び方はしないでください」

 顔に出ていたか、と視線を逸らしたリーリエの顎に手を当てて無理矢理自分の方を任せたテオドールと目が合う。

「リィ、"約束"忘れたか?」

 若干怒気の混ざった声に、背筋を正したリーリエは、

「もちろん覚えておりますよ? 旦那さまがお迎えに来られたら調べものおしまい。ちゃんと休息と食事を取る。無理しない。なので、手を離してください。近い、ホントお美しい顔が近いですからっ!!」

 と焦ったように捲し立てる。
 顔を赤くしながらごめんなさいと詫びるリーリエに満足気に手を離し、テオドールは拘束を解いた。
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